新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側


第弐拾六話―決意の眸―



俺は高羽さんに会うために部屋を訪れた。
理由はただ一つことの真相を確かめるためだ。
懐に一応銃が忍ばせてある。
そこにはApostleBusterの副委員長であり第四新東京市の市長でもある種島さんの姿はなかった。
丁度良かった。場合によってはこの場で怒りに身を任せて殺すかもしれない。
それだけ今の俺は怒りに体を支配されているようだった。
「高羽さん、質問に答えてください」
「ああ」
いつものように柔和な顔でそう言う。
全てがいつも通りで逆に腹立たしかった。
「何故実弾に装填するように言ったのですか?」
「ROEのことかね?」
聞くまでもないのにあえて俺に聞いている。
今にも銃に手を掛けたい気持ちをぐっと堪える。
「ROEはあれでも国連の一プロジェクトの一つだ。人類に牙を向く使徒を倒すための」
そのとき不意に高羽さんの顔に怒りの感情を垣間見たような気がした。
使徒という言葉を言ったとき、特にそれが見られた。
だが、そんなことに構っている余裕は今の俺にはなかった。
「プロジェクトの関係者の一人がこう言ったんだ。今のままで本当にエヴァのパイロットは強くなるのかね?と」
聞いてて胸が高鳴った。その言った奴を殴りたくてしょうがない衝動に駆られた。
「当時から疑問はあった。ペイント弾を使用した、参加する子供にも分かるような生ぬるい訓練……ペイント弾と分かると手を抜いてしまうと関係者達は考えるようになった」
「それで、実弾を装填するように言った?」
頷く高羽さん。
あきれて物が言えなかった。
馬鹿げている。子供がそんなことを理解できるはずがない。少なくとも当時の俺は理解できなかった。
ペイント弾だから手を抜こう、どうせこんな銃じゃ人は死なない。
今そう考えることはできるが、あのときはどうだ。一応ペイント弾と聞かされてはいたが見た目は本物の銃だ。
それに手を抜くという考え自体十歳に満たない子供ができいると思うのか。
本当に腐ってやがる。
こんな人間達のための犠牲ではないはずだ!
そのとき全てはどうでもよくなった。あの犠牲、あまり意味がなかったんだ。
それこそ壮大な理由でもあるのかと思った。
テロリストが混じって、それに出会ったとき少しでも対抗できるようにするとか。
犯罪者が計画を利用して子供を人質に取れないようにするとか。
もっと正当な綺麗な理由があってもよかったはずだ。
俺は一つの考えにたどり着き言葉を発する。
「高羽さん、俺がエヴァに乗る理由はもうなくなりました……」
今考えてみると、皆を綾波を守りたいから戦っていると思っていた。
でも、実際は違った。よくよく考えると俺はあの犠牲の意味が知りたくて戦っていた。
犠牲の上に生きている俺の価値の意味が知りたかった。
あの犠牲の意味が分かった今俺はエヴァに乗る理由がなくなった。
何で俺が他の人間のために生きなければいけないんだ。
いや、そんなことすら俺には許されない。奪った人間が守ってはいけないんだよ、たぶん。
「それは辞表と受け取っていいのかね?」
「はい、構いません。俺は第二に戻ります」
「分かった近日中にも処理を済ませる。今までありがとう。退職金というのも出るから安心してくれ」
高羽さんは事務的にそう告げた。
俺も事務的に礼をいい、その部屋を後にした。
みんなに悪いことをしたのに俺はやり遂げたという気分だった。
そんな自分にちょっと嫌悪する。
俺の選択は間違ってない。このまま戦っていたらきっと俺は命を落とすと思う。


あれから五日経った。
まだ手続きは終わらないらしい。
正直、この五日間生きているのか死んでいるのか分からなかった。
学校にもちゃんと通った。でも、どこかやはり心ここにあらず状態。
ぼおっとしているとはこういうことを言うのだろうな。
家でゴロゴロしているとチャイムが鳴った。
エリちゃんはまだ帰ってない、ミヨコさんも同様。
「俺が出るしかないか……はーい」
ドアを開けたその先にいたのはシュリだった。
意外な人物が尋ねてきてちょっとだけ焦った。
「ユウキ、私は気の利いた世間話はできないから単刀直入に言う」
このときだけはそのまっすぐな瞳がうらやましかった。
一点の曇りもない澄んだ瞳。
今の俺では全然真似できない瞳だ。前の俺はできたのかな。
「パイロットをやめるって本当か?」
本当に単刀直入に言って来た。
シュリに届いたってことは
「大丈夫、他のパイロットにはまだ正式に通達されてない。不本意だがその書類を偶然坂中作戦部長の机の上にあるのを見た」
「そっか……」
特に罵倒するでも、引きとめもこのまっすぐな少女はしなかった。
「理由を聞いてもいいか?」
「エヴァに乗る理由がなくなったから」
最もな理由だと自分でも思うのだが……。
その理由に至るまでの経緯が知りたいのだと、シュリの瞳を見れば分かった。
「俺さROEで人を殺したんだ……知ってのとおりペイント弾って言ってたけど実は実弾が装填されててさ」
俺の独白をシュリは黙って無表情で聞いている。
構わず続けた。
「俺はあいつらの犠牲の上で生きている。犠牲の意味が知りたかったんだ。そしたら関係者が子供の気持ちを理解していないっていうなんとまあ、馬鹿げた理由で……」
「一体、そんな犠牲を払ってまで生きている俺って一体どんな価値があるんだろうって……」
これじゃあ、碇シンジと一緒じゃないか。
俺には価値がない、誰にも揺るがない自分だけの価値が欲しい。
記憶を部分部分共有してしまったからこうなるのだろうか、これでも奴の予想通りなのだろうか。
それだったらちょっとやだなぁ。
「事情は分かった、私はお前の判断が正しいか正しくないかなんて判別できない」
そうだろうな。
だがと言い、シュリは続けた。
「お前がそう決めたんだったら少なくともお前の中ではそれは正しいことなのだろうな」
話したいことはそれだけだと言って一方的に会話を切断し、シュリは部屋を出て行った。
俺がそう決めたから俺の中ではそれは正しいこと。
そんな分かりきっていることを一々言わなくても。


次の日。どうやら俺がパイロットをやめるということが正式に通達されたようだ。
末端のパイロットにとって一人人数が減る。連携パターンが変わるなどそれだけのことだと思った。
だからおそらくこんなに通達が遅いのだろう。
明後日には俺はここから出て行く。元の生活に戻る。特に困ることもないだろう。
幸い退職金は毎年億単位で払ってくれるようだし、生活に制限が出るというが日常生活にはなんら影響は出ない。
精々インターネットや電話などだろう。
シズクとユメミちゃんが家に駆け込んできた。
特にシズクはもうすでに泣きそうである。
「ど、どうして、ここを出て行くの……!?」
「エヴァに乗る理由がなくなったからだよ」
俺が冷淡にそう言うとシズクはさらに追求してきた。
一方ユメミちゃんは雰囲気が変わっていた。この前二重人格と言っていたが本当だろうか。
「皆を守るためにエヴァに乗ってたんじゃないの!?」
「そのはずだったんだけど、よく考えれば違うことに気づいて。俺はあの犠牲の意味を知りたくて、その犠牲の上で生きている俺の価値が知りたくてエヴァを利用してただけだよ」
そこまで言うとさすがのシズクも何も言わずに泣きそうな顔で黙ってしまった。
代わりにおそらくもう一人の人格のユメミちゃんが言う。
「それは逃げだとは思いませんか? 現実からの、使徒からの、エヴァからの」
「逃げなんだろうな。だけど、俺にとっては前進したんだ、あの犠牲の一応の意味を知ったから」
ユメミちゃんは目を細める。
「正直言うとエヴァに乗って戦うことは今も無理をすればできると思う。だけどこのまま戦う理由もないしに戦えば俺はきっと死ぬ」
無意識に体が死ぬことを望んでしまうから。
死にたくないしと苦笑いを浮かべてみる。
「分かりました。どうかお元気で……行こう?姉さん」
もうその目じりに溜めた涙をあふれさせてしまったシズクはユメミちゃんに支えられて隣の部屋に消えた。
こういうとき、部屋が隣というのは何てことだろう。


とうとう明日に出発を控えた夜。
エリちゃんが申し訳なさそうに俺の部屋に入ってきた。
そういえば、エリちゃんには話しておかないとな。
「ユウキさん……」
泣きそうに、だが現実を受け止めようとする強い力をその瞳から感じた。
この子のほうが俺よりよっぽど強い。
「聞いただろう? 俺は人殺しだ」
冷酷に言葉で突き飛ばした。
その言葉に耐えるかのようにエリちゃんはじっと目を閉じた。
数秒後考えがまとまったのか、俺に言った。
「で、でも、仕方ないことだったんですよね!? そうしないとユウキさんが死んじゃったかもしれないんですよね!?」
「ああ」
確かにそれも事実。
あのとき、もし撃たずに撃たれることを選んでいれば俺の人生はそこで終わりを迎えていた。
こんな風に第4新東京市に来ることも、皆に会うことも、エヴァに乗ることもなかった。
別の生き残った人間がこの役をやったんだろうな。
「だったら……!」
活路が見えたのか反論に一気に転じようとしたエリちゃんに俺はあるものを渡した。
俺の宝物、そしてエリちゃんを含む、坂中家の宝物。
エリちゃんが俺が指で持っているそれを見て唖然としていた。
「そ、それはっ……!?」
「渡すのが遅くなった。“坂中ミノハル”の遺品だよ……」
そっと手渡す。
ROEの中。
俺とミノハルは特に親しい間柄だった。初日の訓練からペアを組んで行っていた。
まあ、全てにおいて俺のほうが成績は良かったんだが。
しかし最後には俺を庇い銃弾を浴びて倒れた。
言うなれば俺の所為でミノハルは死ななければならなかった。
「お、お兄ちゃん……うぅ……」
エリちゃんはその場で泣き崩れてしまう。
ミノハルは年の近い妹と、うるさい姉がいるが楽しい家族だといっていた。
「な、なんでぇ、なんでユウキさんが、あ、兄の、ペンダントを?」
「俺が殺したからだよ……」
エリちゃんの嗚咽は止まった。
まるで、信じられないものでも見るような目で俺を見た後部屋を飛び出した。
これでいい。
ここに来た目的はこれで全て達成した。
そう、全て……。


荷物を送ってもらい、後は手荷物だけとなった。
俺は朝早くにエリちゃんには黙って部屋を出て行くことにした。
部屋を出て鍵を閉める。
っと、このIDも返さなくちゃな。
まああっちに着いてから送ればいいか。
バッグを片手で持ち直しこのマンションを出る。いつもの見慣れた風景だ。
少しだけまだ朝日が昇り終わってないから薄暗いが。
朝焼けという景色なのだろうか。
「本当に出て行くのね?」
もう、マンションの敷地内から出ようとした所で後ろから声が掛かった。
声は聞きなれた声。
いつも、戦闘のとき後ろから命令しているミヨコさんだった。
「丁度、このID返さないといけないと思っていたところです」
俺は数歩戻りミヨコさんにIDカードを渡す。
「そのIDがあればいつでも第4に戻ってこれるわよ?高羽さんは登録をはずさないつもりよ」
つまり、また俺がここに戻ってくるって予想してるのか。
無駄だよ、そんなものは。
俺は思いっきり力を入れてIDカードを真っ二つに折った。
その行動は予想外だったらしくミヨコさんは目を大きく見開いた。
「これで、分かったでしょう。もう戻りはしないんですよ」
嘲け笑う俺の胸倉をミヨコさんは掴んだ。
その形相はまさに怒りを表していた。
怒りの意味が分からない。
パイロットをやめるなとは言われてないはずだ。
それを伝えるとさらに睨まれた。
「今、エヴァンゲリオンはSStypeしか満足に動かない状況なのよ!?それを分かっててパイロットをやめるというの!?」
目を背けた。
それは、俺がパイロットを続けるということの単なる状況的なものでしかない。
そういう状況だから仕方なくエヴァに乗ったという不安定な理由だ。
「逃げてるだけじゃない!あなたは過去から!」
俺は胸倉を掴んでいるミヨコさんの手を本気で握りつぶそうと握り締めた。
その痛みでミヨコさんは俺から手を放す。
「貴方達には逃げてるように見えても俺にとっては前進なんですよ! 俺はあの犠牲の意味を知るためにエヴァに乗っていた!それを知った今もうエヴァに乗る理由はない」
「じゃあ、使徒に攻められて人類が滅んでしまってもいいの?」
「俺はパイロットをやめても、皆を信じてますから」
それだけのものを皆に背負わせるのはもちろん嫌なんだが。
でも、もう死のうが生きようがどっちでもいいのかもしれない。
ミヨコさんに頭を下げる。
「皆をよろしくお願いします」
そう告げると俺は踵を返して歩いた。
また声がかかるかと思いきや、どうやら諦めてくれやようで俺は立ち止まらずに歩くことができた。


駅のホームで電車を待つ。
駅に来るということがそもそも懐かしく感じる。
それだけ、第4新東京市は俺にとって見慣れた、住み慣れた土地となってしまっていた。
叔父さんに何て言おうか。
市長さんに拉致られていたとかか?
それとも正直に人類を救うために戦っていましたとか言ってみようか。
電車遅いな。
俺が着いたときにちょうど発車してしまったようだ。
後ろからかなり、急いだ足音が聞こえた。
すごい勢いで走ってきたのだろうか、息をする音がこちらまで聞こえてくる。
聞き覚えがあった。
振り向かなくても分かる。
そこにいる少女の名前は綾波レイ。
「綾波も俺を止める?」
最もな疑問だ。
今まで、ミヨコさんなど多くの人間にパイロットを辞めるなということを遠まわしに言われてきた。
肩で息をしている綾波は首を横に振った。
「今さら止めないよ」
その言葉を証明するかのように綾波の目に批難の色や、責めるような色はなかった。
「だけど、一つ知っておいて欲しいの。みんなどれだけあなたに期待していたかを」
期待か……。
「私以外誰も動かすことができなかったSStypeを一回目でいきなりシンクロするし、使徒は確実に殲滅していく。皆あなたがいれば使徒に勝てるって思ってたの」
「そっか、でも皆、買いかぶり過ぎだよ。現に俺は毎回皆に助けられてばっかだったし」
綾波に庇ってもらったり、シュリから何度も声をかけられたり、シズクに怒鳴られたり。
俺一人じゃこれまでの使徒を倒すことはできなかった。
それに俺じゃなくてSStype自身の強さも関係していた。
この前だって本当はもう動けなかったのに、それでもSStypeは動いてくれた。
つまり、俺は使徒を殲滅できた要因の一つでしかない。
「そうね、期待し過ぎてたのかも。だから、皆こんなに焦ってる。期待していたあなたがいなくなるから」
突然アナウスが流れた。
そうだ、ここは駅なのだから規定の時間にまたはその前後二分ぐらいには電車が止まるはずだ。
それは俺が乗るべき電車でもある。
「お別れが近いみたいね……お約束かもしれないけど、あっちにいっても元気で。あなたのことちゃんと覚えてるから」
「えっ……?」
俺が電車の内部に足を踏み入れたときその声は聞こえた。
“ちゃんと覚えてるから”その言葉は今までに誰からも言われたことのない言葉。
おそらく、もう皆と俺は関わらない。
だから、俺としては忘れてもらったほうが色々楽なのは確かだ。
でも綾波は覚えていると言った。
電車のドアが閉まる。
このとき初めて綾波の顔が今にも泣きそうな表情になっていることを知った。
俺は話している人間の顔さえまともに見ていなかった。
今になって考えられないほどの罪悪感を俺の心を支配した。
電車は発進する。次の駅で降りればたぶん、第4に戻ることはできる。
だが……
「今更戻ってどうするんだよ……俺はまだ死にたくない」
このまま戦えば死ぬのは一目瞭然。
まだ死にたくなかった。
あんな犠牲があったのに、生き残った者が犬死してしまえば本当に申し訳なくなってしまう。
犠牲か……。
「そうだ……」
俺はあることを思いつき電車を乗り換えることにした。
少し遠いな……。
第4からそこまでは電車を乗り継いでも一時間ほど掛かる。
一年前に行ったっきり行くことができなかった。
これを機に犠牲の意味でも知らせてこよう。
そう思い、俺はがら空きの電車の座席に座り意識を夢の中へと預けた。


悪い夢でも見るのかと思った。
最近、というよりパイロット辞令を申請して出て行くまで悪い夢ばかり見ていた。
碇シンジの記憶を垣間見るときもあったし、ROEの悲劇がリピートされる夢も見た。
一体、何が俺を変えたのだろうか。
いやそもそもどこで変わってしまったのだろうか。
ROEを受けたことがそもそもの始まりか……。
森を分けて入ったそこにそれはあった。
別に大々的なものではない、ROEの実行跡だ。
といっても簡素な鉄製の台の上に押した形跡が一度だけあるボタン。
立ち入り禁止などにせず、放置されてしまっている国家が所有する土地。
ここで、あの惨劇が行われた。
深呼吸する。
環境的に清々しい気分なれるはずなのだが体の中に入ってくる空気は血の臭いを含んでいる。
もう五年も前のことなのに。
そのボタンに手をかける。
五年前の俺はもっと手は小さかった。だから、今の俺の手はボタンを覆ってしまう。
これを押した瞬間終了のサイレンが鳴り響いた。
俺は五年前、泣きながらこのボタンを押した。
当時の俺にも親しい人間達が次々と倒れる様にはひどく心を痛めた。
それこそ枯れるまで泣いた。
「やっぱりここにいたのか……」
俺が振り向いたとき、“奴”がいた。


To be continued


奴と対峙する彼。
二本の絡まった鎖はようやくつながる。
歴史は繰り返されてしまうのか、それとも。



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後書き
今回は使徒戦はなしです。
ユウキ君の決意の硬さをアピールしたかった回でもあります。
戻るシナリオと、戻らずにある人物の下にいく2パターンあるんですけどね……。
さて、どちらにしましょうか?