新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側


第弐拾参話―降り注ぐ雨と、襲い掛かる熱と―



俺は即座にふところに入れている銃に手をかけた。
しかし取り出すことができない、目の前に人間の顔を見ると。
まるで怖がるかのように俺の携帯を両手で握り締めている綾波を見ると。
とてもじゃないが撃つどころか取り出すことすらできない。
ミハエルとハッキングの練習をしているときのことだ。
あいつは俺にこう言った。
『友人や肉親に見つかったときは覚悟しろ』と。
それは、つまり俺が友人や親しい人物を撃つことができないと分かっていたからあんな忠告をしたのだ。
今頃になって、そういう状況になってやっとそれに気づけた。
本当に申し訳なく、迷惑をかけるなミハエル。
「ゆ、ユウキ君……こ、これって一体……!?」
俺は当たりを見回した。ここは待機室で誰か人が来るかもしれない。
銃から手を引く。
殺せないとなると、黙っててもらうしかない。
「ごめん、ここ人通り多そうだし。ミハエルの部屋で」
ミハエルの部屋は自らカメラや盗聴機器を外したと言っていた。
そのことから結構上の立場の人間なんだなと思った。
ミハエルの部屋に向かうにも綾波は文句の一つも言わずについて来てくれた。
そして部屋に到着する。
さて、どうしたものやら……。
「ねえ……」
俺が部屋に連れて来たはいいがこれからどうしようと考えているときだった。
不意に綾波から声を掛けられる。
相変わらず携帯は返してもらえてない。
「なに……?」
声が擦れた。動揺してしまったのだろうか。
「これが、この前言ってた疑問ってことなの……?」
この前とは先日の病室でのことなのだろう。
俺が直接抱く疑問にこの情報は直結していない。
しかし、ABが世間に、国連が世界に隠している情報があるという事実が俺の疑問をより確信に導いたのは確かだ。
「ああ、これもある」
綾波から携帯を返してもらい、別のメモリーを接続する。
以前学校の屋上で読んでいたエヴァンゲリオンについての情報を表示させ再び綾波に渡す。
それを見る綾波の顔は驚きの表情でまるで食いつくかのように携帯の画面を見ている。
まあ、無理もない。おそらく綾波にでさえも知らされていないものだと思うから。
「こ、これって……う〜ん……」
驚きの声を表情と共に上げた綾波は俺に携帯を渡すとあごに手を上げて考え込んでしまった。
今は放っておこう。それよりももっと、もっと俺は真実が知りたかった。
疑問を持っていたまま戦えばいずれ、身を滅ぼすことになると思った。
ミハエルの机に置いてあるパソコンを操作する。
部屋にいないときは使ってもいいと一応の許可はミハエルからもらっている。
「随分手馴れてるのね……」
後ろから綾波が覗き込む。
その水色の髪の毛が首にあたり、こそばゆい。ってかかゆくなってきた?
「ミハエルの教え方が上手いんだよ。勉強の得意じゃない俺がこれぐらいのことは平気でできるようになるんだからなぁ」
「でも、ミヨコさんとかレンさんとかとに聞いた方がよかったんじゃないの?」
俺はそこで手を止めて銃を懐から取り出して机に置いた。
やはり綾波はびっくりしていた。というか、これは怖がっていたといったほうが正しいような気がする。
「これ……もしかしてミハエルさんが?」
「うん、だからミヨコさんとか、大人たちに頼ることをやめたんだ。どうせ教えてくれないか、嘘の情報しか教えてくれないと思ったからさ」
銃をふところにしまいつつ俺は話しを続けた。
「あまり知りすぎると命を狙われる可能性があるってミハエルに言われたからさ」
「命って……誰によ」
綾波は半分俺をバカにするかのような笑みを浮かべる。
だが、笑っていられるほどこの話は平和的ではなかった。
「ABにだよ」
「えっ……?」
俺の一言で空気が凍りついた。綾波も黙った。
キーボードを俺がたたく音とパソコンのファンの音だけが部屋に響いた。
携帯に接続していたメモリを取り出してパソコンに接続し、別の情報を入れておく。
後で見ることにしよう。
「なんでABが命を狙うの!?」
叫ばれた。
それは俺にも分からない。知られてはいけない“なにか”があるってことだろう。
けどその“なにか”が分からない。否、それを調べているようなものだ。
そのことを伝えた。
「ってことは私がこれを誰かに伝えた場合、危ないってことね。それを回避するために私を殺すとか?」
挑発的な態度でそう言って来た。
そう、これから俺は決断しなければならない。
殺すか。
それとも殺されるか。
おそらく後者を選択した場合、良い方に事が進めば無期懲役ぐらいで済むだろう。
しかし、殺される可能性のほうが高い。無期懲役とは言えど生きているという事実は変わらないのだ。
「困ったことになった。殺されたくはないが殺したくないと考えている一人の少年が存在してしまったのだ」
まるで何か物語りを語るように俺はそう言った。
俺の本心を面白おかしく、俺らしく語ってみた。
それに乗ってくれたのか綾波はへらへらと笑いながら、今の俺にとって救いのような言葉を言ってくれた。
「しょうがないわね、この私が助けてあげましょうじゃないの!」
…………?
言われて最初は意味を理解するのに少し時間が掛かった。
助ける?何を?
俺が語ったのは殺されたくないが殺したくもないという俺の心情である。
意味を理解できてない俺に綾波はさらに続けた。
「私も手伝うわ」
「だから何を!?」
俺は悩んでいるが反対に勝ち誇ったような笑みを浮かべている綾波に怒鳴ってしまった。
怒鳴ったのを見てなお、得意げになった綾波が微笑みながら言った。
「あなたが言う、疑問を解決してやろうじゃない!」
まるで自分に任せろといったような表情で言う綾波はとても頼もしかった。
俺は戸惑いながらも綾波から差し出された右手を握り返した。


雨が降っていた。
それも、土砂降り。こんな雨なんてそうそうに降らないのではないのかといったぐらいの。
今にも雷が鳴りそうである。
俺はそれを学校の教室の窓から見ていた。校庭は水浸し、大きな水溜りを作り続けている。
雨はこちらまで憂鬱になってくるのであまり好きではない。
そして帰りの時間になった。教室で暇をしているトシヤを見つけて話しかける。
「なあ、トシ」
「悪い!俺は傘持ってないし、今日は早く帰らねば!」
言うや否やダッシュで教室を出て行った。あいつ今日掃除当番じゃなかったか……?
まあ、いいそんなこと俺の知ったことではないからな。
とりあえずあいつは読心術でも身に付けたのだろうか?
俺が内容を話す前に「一緒に帰ろうぜ?」と「傘ないか?」という質問の答えを言いやがった。
階段を下りて、げた箱の前で一時停止する。俺には傘がない、折りたたみという大変便利なものはない。
誰かしら置いてあるであろう置き傘はすでにない。
つまり、濡れて帰るしかないのである。
風邪を引きそうでやだな、少しひんやりとしているし。
「あっ、ユウキ君、どうしたの?あっ!さては傘がないんでしょ?三沢君はすぐに帰っちゃったし」
綾波も読心術が使えるのか?
それとも、俺が分かりやすい顔や仕草をしているのだろうか?
まさか、考えていること全て声に出てるんじゃ……。
「いきなり降ってきたからね。よかったら入ってく?」
といいながら綾波が持っている少し大きめの白い傘を俺の目線の高さに持ってくる。
ふむ、その大きい傘なら入っても大丈夫そうだな。
しかし……これは一般的に言う相合傘というものではないのだろうか。
そこで少し思考が回転する。
綾波と相合傘をするのは一向に構わない。むしろちょっと嬉しい。
だが、綾波がどうだろうか?迷惑じゃないだろうか?
いや自分から誘ってきたのだからそれはないだろう。
誰かに見られてしまったら?
って、なんでこんなに焦って色々考えているのだろう?自分でもよく分からないや。
ここは素直にご好意に甘えてしまおう。
「ごめん、ありがとう。入っていくよ。いつまで経っても止みそうにないし……」
むしろ、雨は強くなっている気がする。
バサっと綾波が傘を開く。そして差す。
俺もそれに入らせてもらう。
綾波の歩調を合わせ俺は歩き出した。


「ほら、傘持ってきて正解だったでしょ?」
「ええ、そうね……」
私は自慢気に言うユメミを少しジト目で見た。
しかし、その笑顔はまったく無邪気なものでそれを見ると何もかもがどうでもよくなってしまう。
本当に自分はシスコンだと思う。妹の笑顔一つで機嫌が直ってしまうのだから。
「あっ、姉さんあれ」
ユメミが指差す方向にはもう見慣れてしまった二人がいた、一緒に。
さらにご丁寧に、お約束といわんばかりに相合傘までして……!
「ユウキさんとレイさんだよね?」
無邪気なままで平然というユメミをキリっと睨む。
察してくれたのか黙ってくれる。
自分がユウキのことをどう想っているかなんてとっくとうにわかっているつもりだ。
その証拠にレイと一緒にいるところを見ると妙にもやもやして、いらっとくる。
これが世間一般的に言う嫉妬だろう。
「いいの?姉さん」
いいわけない、でも今このまま私と帰りましょうなんて言っても二人とも戸惑ってしまい、ユメミを入れた四人で帰ることになるだけだろう。
それもあまり面白くないし、フェアじゃない。
って、何私はライバル意識を持ってしまっているのだ。
頭を振るとユメミに向きなおり
「帰りましょ?と言っても別ルートで行くわよ、あの二人に追いついちゃうわ」
同じマンションだというのは、嬉しい反面少々こういう部分で面倒くさい。
「フフフ、そうだね」
なんか、見透かされているような気がした。
私が姉のはずなのに、こういう話題というか事柄がユメミのほうが落ち着いて大人らしいと思える。
得意気に笑っているユメミに私は質問してみた。
「ユメミは好きな人とかいないの?」
冗談半分で聞いた、それを知ることができれば少しは対等な立場になるだろう。
するとユメミはその手には乗らないといった顔で
「そんな人はいないよ。しいて言えば皆かなぁ、皆揃ってれば楽しいし、戦っているときはそうも言ってられないけどね」
私達は使徒と戦っている。エヴァのパイロットをやっている。
それはつまり、いつか急に居なくなるかもしれないってことだ。
気がつくとやはり、私の心の中はユウキのことしか考えていなかった。


調べれば調べるほど謎は深まるばかりである。
ミハエル、綾波と協力して情報を集める。
SStypeを除く、新型のエヴァンゲリオン全てがSStypeのコアを研究し、応用して作り出された擬似的なコアによって動いていること。
すでにサード・インパクトは発生していて、この世界はその後の世界であること。
使徒戦役時の使徒達はアダムによって作り出され、サード・インパクトを起こすために人類に牙を向いたこと。
など、知りたかった情報がAB本部内のコンピュータには大量発生していた。
俺達に知らされていないということは知る必要のないこと、あるいはコンピュータ内にあるのを誰も知らなかったということになるが。
後者はまずありえない、よって誰の意図にせよ一般職員には知る必要のないことだったようだ。
「ユウキ君の知りたかったことってなんなの?」
情報収集を終了し、日付けが変わってから俺達はAB本部内から地上へと向かっていた。
それは最早、日課になっており休日以外はこんな不健康な生活を送っていた。
だからなのか、最近少々ぼーっとすることが多いような気がする。
「俺が知りたかったのはROEのことなんだ。あのとき今考えてみると何かがおかしかった」
「…………」
綾波が黙って俺の話を聞いている。
「おかしかったっていうのは、政府が行った計画にしてはあれはやりすぎだと思う。漫画やアニメの世界じゃないんだから、人殺しをさせるなんて……っ!」
「!?」
黙っていた綾波だったが俺が人殺しという単語を口にした途端驚きの表情をした。
無理もない、政府が行っているということはそんな犯罪めいた行為はしないと普通は考えるはず。
だが、あのとき装填されていたものは説明にあったペイント弾ではなく、実弾だった。
「説明どおりに事は進んだよ、弾が実弾になっていること以外はね……生き残ったのは俺ただ一人さ」
このことを考えるだけで泣きたくなる。
何故ならば今この命はその犠牲の上に成り立っていると考えさせられるからだ。
「ユウキ君、大丈夫?」
いつの間にか俺は痛むほど拳を握り締めていたようで。それを綾波が解いてくれていた。
熱くなっていた手に綾波のひんやりとした手が心地よかった。
「うん……ありがとう」
なんとしても、あの謎を暴かなければいけない。あの犠牲の意味を考えなければ。
それは翌日のことだった。
再び使徒が襲来したのだった。


第4新東京市の地下、AB本部があるここイェルサレム内に『3A−601 11th ウリエル』はいた。
まるでスライムのような外見をしており、その体色は血のような真赤な色。
しかし、地上を這うスピードは素早い。そしてウリエルが這った場所はまるで高温で熱せられたかのように色褪せてしまっている。
『パターン青を確認!場所はイェルサレム内です!』
発令所にアナウスと警報が鳴り響く。
職員は皆焦っていた。
気づいたときに、敵は第4新東京市を通り過ぎて地下にまで侵入していたのだから。
「エヴァは準備ができしだい各機出撃させて!それまで目標に全火器で一斉放火!敵を近づけさせないで!」
ミヨコが命令する。
直後、イェルサレム内に取り付けられている各機関銃器、ミサイル砲台がウリエル目掛けて攻撃する。
しかし、ウリエルを足止めするのは成功したもののATフィールドか、はたまたウリエル自身の防御力なのか全くダメージはない。
一方本部内ではエヴァの発進準備が急ピッチで進められ今にも発進のときを迎えようとしていた。
『みんな聞こえる?敵の攻撃方法はまだ分かっていないわ。でも、敵が通った場所の色が褪せていること、温度が急激に上昇していることから熱を利用した攻撃と思われます』
エヴァ各機のエントリープラグ内のモニターにレンが映り、状況を説明する。
『よって、攻撃は接近戦ではなく遠距離による攻撃を行ってもらいます。距離を詰められても距離を取って、決して近距離攻撃をしないように』
各自返事をする。
『ユウキ』
突如ユウキの乗るSStypeのエントリープラグ内の別のモニターにシズクが映る。
その顔は不安のような表情である。
「どうした?何かあったのか?」
表情からただ事ではないことが予測できたユウキが応対する。
『……っとやっぱりなんでもない!』
「あ?……ああ」
ユウキが聞き返すことを考える暇もなくモニターは切れた。
『エヴァ各機発進準備完了しました!』
「よし、エヴァ各機発進!」
ミヨコの声と共にエヴァ四機が射出口からイェルサレム内に向かって勢い良く発射される。
弾幕のごとく攻撃を行なわれているイェルサレム内に四機のエヴァが現れた。


To be continued


熱を利用する攻撃に苦戦する、エヴァ。
地上で降り注ぐ雨。
地下で燃え盛る熱。
今の彼にはどちらがより必要なのだろうか。


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後書き
使徒戦に入る直前で終わりました。
ええ、まあ少しずつ明らかになってきましたでしょうか。
三角関係が完成してしまっているこの物語はどうなるのでしょうかね。