新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側


第拾九話―影を喰らう闇―



ユウキ君が国連に拘束されて早くも一週間が経過した。
そのことについてはまるで報告がない。
私は自分でも分かるくらい落ち込んでいた。
友人一人いないぐらいでこんな気持ちになるなんて初めてだ。
『三人とも、最近調子が悪いわね……』
今日は、月に一度のエヴァとのシンクロテスト。
レンさんの話では、シンクロ率は気持ち、心に左右されるのだという。
私やシズク、ユメミちゃんのシンクロ率はユウキ君が拘束される前より遥かに下がっていた。
特に、ひどく落ちているのはシズクだった。
見た目からしても、話しをしていてもその落ち込み方はかなり深刻なようだった。
私が、
「大丈夫よ、すぐ戻ってくるって」
励ましても返って来た答えはひどく冷め切った声で
「すぐ返ってくるっていう根拠はないわ。嘘はやめて、余計に傷つくだけだから」
そのときのシズクの顔は今まで見たことないほど落ち込んでいる顔をしていた。
レンさんがユメミに『メインパイロットを変更するわ』という話しをしていたのを耳にして、その重大さを認識した。
拘束されるとき最も近くにいたのはシズクだから。
心に負ったダメージが大きいのだろう。
拘束された理由も知らされず、面会も私達、パイロットには許可されていない。
「こんなときに使徒が攻めて来たらどうなることやら……」
ミヨコさんやレンさんの一言、一言が私たち、パイロットを同様させる。
こればかりは本当にやめてほしかった。
私はテストが終わった後、居ても立ってもいられなくなりレンさんに聞いてみた。
レンさんだけは私たちの中で唯一、ユウキ君と面会が許された人間だからだ。
「レンさん、その……ユウキ君は戻ってこられるのでしょうか?まさか、一生このままとだとかは」
自分で言ってて胸が苦しくなった。
私自身も以後ユウキ君と会えないなるのかと思うとひどく悲しくなってしまった。
それが、顔に出てしまったのか、レンさんは少し俯き優れない表情になった。
「私にも分からないわ。彼が本当に碇シンジなのか、それがはっきりすれば処分なり、不処分なりの決定は下されるのだけれど……」
碇シンジ……これほど他人の名前に憎悪したのも初めてだった。
「あなたになら教えてもいいかもしれないわね……彼が、なぜ疑われているのかを」
私はレンさんのその言葉にすぐに食いついた。
「教えてください!レンさん!」
私の剣幕にも動じないレンさんは静かに言った。
「ええ、分かったわ。着いて来て」
その答えは、レンさんが疑われている事実を誰かに教えたかったようにも聞こえた。
レンさんとともにレンさんの執務室へと向かった。
しかし、そこには先客がいた。
ドアによりかかって立っているのはミヨコさんだった。
その黒い瞳がレンさんを射抜くように見つめた後、真剣な顔で言った。
「レン、私も知りたいわ。彼が何故、疑われているのかを」
「……いいわ。入って」
三人で執務室に入る。
大きなディスプレイに画像が二つ映し出された。
それは、螺旋階段のようになっており、さまざまな色が絡み合っていた。これは……
「DNA?」
「そう、左が第三にあった碇シンジのデータ。右が水島ユウキのデータ」
「配置が似てる?」
私がそう言うとミヨコさんが食い入るようにその画像を見て、頷いている。
「この配置の共通点が今、最大の理由となっているわね」
「でも、DNAの配置が完全に一致しなければ、同一人物とはいえないんじゃ?」
ミヨコさんがそう言うと、レンさんは画像を消した。
「ええそうよ」
「じゃあ、なんで国連はユウキ君を解放しないの?……まさか!?」
私には何故、国連がユウキ君を解放しないかが分からなかった。
ミヨコさんは分かったようなので、それを聞いてみた。
「何故か分かったでんすか?ミヨコさん」
ミヨコさんの視線がレンさんに行く。
レンさんはそれに対して頷きで返した。
「レイ。国連は要するに誰でもいいのよ」
「えっ?」
誰でもいい?
碇シンジの疑いが掛けられる者のことを言っているのだろうか。
何故……。
少し考えた後、実に不快な答えが返ってきた。
「碇シンジと銘打って、処分できれば国連は自分たちへの他国や政府からの評価が高くなるからね」
「つまり、DNAに少し共通点があった。ユウキ君はエヴァに既知感を持ち、なおかつSStypeいえW号機とシンクロした。これだけで十分彼を疑える」
レンさんがミヨコさんの答えに付け加えた。
「自分たちの名誉のために、一人ぐらい犠牲になってもかまわない……ということですか?」
14年間人生を送ってきてこれほどむかつくことはなかった。
腹が立つことはなかった。
「このこと、あの二人には話してはダメよ。特にシズクは何をするか分からないから」
レンさんが私とミヨコさんに釘を刺した。
確かに、今のシズクなら怒りに身を任せて何をするのか予測できない。
国連に反感を抱き、暴れかねないとさえも思った。
ミヨコさんは頷き、私も「はい」と答えた。


拘束されて、もう二週間か。
体調は申し分ない、だが心の面で限界だ。
俺は、それでも自分を保った。
真実ってやつを知りたかった。
自分が本当に碇シンジなのか。
それともまったく関係なく、これまでのことは全て偶然か俺の勘違い又は幻覚だったのか。
「君は、僕じゃない」
えっ……?
まるで、俺の思考を見透かしたような答えが返ってきた。
声のしたほうを見る。
そこには、本物か、俺の見る幻か、映像か分からないがそいつが立っていた。
碇シンジが。
年を取ってないような顔立ちで不適に笑っていた。
黒いマントのようなものを羽織っていた。
「そんな、驚いた顔するとはね……警備の人間もコンピュータも眠って頂いたよ。ここ一週間のスパイは無駄ではなかったようだね」
そう、言って俺に一歩近づいた。
俺は一歩、逃げるように後退する。
シンジはまたもや不適に笑った。
「僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」
それはそうだ。
聞きたいことなんか山ほどある。
「……何で、俺はお前の記憶を持ってるんだ?」
一番の謎だった。
使徒戦役中の記憶が今の俺にはある。
おそらく、碇シンジのものだろうと思う。
夢の中で何度は自分がシンジと呼ばれたり、碇と呼ばれたりしていたから。
俺の質問を聞いたシンジは予想外の質問だったのか、表情を驚きの表情へと変えた。
「それは、僕にも分からないな。僕だって現状を全て把握しているわけじゃない。君が僕だという容疑を掛けられこうやって拘束されていることも予想外なんだから」
そこまで言うと、ふと何かに気づいたのかシンジが後ろを振り向いた。
「そろそろ、時間だな。君はこの後ここから出れるはずだ」
俺にそう言うな否や、俺の視界から消えた。
どうやら、天井から入ってきたらしい、ロープが垂れていた。
「大丈夫か!?ユウキ!」
ミハエルが入ってくる。
片手には拳銃を持っている。
どうやら、シンジが忍び込んだということが国連にも伝わったらしいな。
「ああ、なんとか……うぐぅ!」
突然右肩が痛んだ。
なんだろうと思い、見てみると服が切れそこから真っ赤な液体が流れていた。
間違いなく、俺の血だ。
負傷していると分かると急に痛みだした。
俺が尚、疑われないようにやったつもりだが加減というものを碇シンジは知らないらしい。
その傷に気がついたミハエルが懐からハンカチを取り出して応急処置を行ってくれる。
「国連のお偉いさんは大慌てだぜ、なんせお前が拘束中に本物が現れたんだからな……よかったな」
応急処置をしながらミハエルが言う。
まあ、よかったと言えば、よかったが……。
結局俺に何でシンジの記憶があるのかどうかは分からずじまい。
というか、記憶の主が分からないと言っているのだからこの謎が解明するときは来るのだろうか?
拘束の期間が終わり――無期限だったが――病院へ行く車の中俺はそれだけを考えていた。


「全治一ヶ月程度の怪我ですからその間は無理に動かさないようにしてください」
「分かりました」
あの後、病院でちゃんとした手当を受けた。
俺の前に現れた人間が本当に碇シンジなのか、当然怪しまれた。
だが、ミハエルの目撃情報と俺の肩の傷のおかげで俺の容疑はほぼ晴れたとミハエルに聞かされた。
「怪我の巧妙ってやつだな」
ミハエルが俺の右肩に巻かれた包帯を見ながらそう言った。
右腕があまり動かせなくなっている。
「そういうこと、怪我人前にして言うか?普通」
「へへっ、俺の性格を分かってるくせに」
ふざけて笑い俺を元気付けようとしているミハエルに心の中で礼を言った。
その後、ミハエルの車に送られて家へと戻った。
二週間ぶりの自分の家は何も変わることなくそこに存在していた。
まあ、当たり前か。
「おかえり、ユウキさん。お姉ちゃんはまだ本部だと思うよ」
これも二週間ぶりに聞く、エリちゃんの声。
今の俺には全てが懐かしく思える。
途端に後ろから大声がする。
よく、聞きなれた怒声だった。
「ユウキ!帰ってきたんなら挨拶ぐらいしなさい!」
シズクとユメミちゃんだった。もちろん、叫んだのはシズクだった。
「久しぶり、シズクにユメミちゃん。元気してた?」
まるで、旅から帰ってきた人みたいな物言いだな俺。
一瞬俺の肩の傷に目が行った夕暮姉妹だったが
「当然よ!ユウキがいなくても特に問題なかったけどね!」
シズクはそう言って、俺に微笑む。
だが、場の空気がその微笑みを否定していた。
俺は拘束中、面会が許されていたレンさんから俺以外のパイロット三名の絶不調のことを聞いていた。
落ち込む、三人。
それと同時に下がるシンクロ率。
こんなときに、侵攻してこない使徒に感謝したくなる。
俺がいないだけでみんながそんなことになるなんて考えられなかった。
特にシズクはメインパイロットをユメミちゃんに変更すると考えられていたほどだったと聞いた。
そう思えば、思うほど皆が俺のことをどれだけ心配して、どれだけ考えてくれていたかが分かった。
自惚れているのかもしれない。
だけど、それだけ俺や、他の皆がなくてはならない存在同士になっていると思った。
「みんな、ありがとう。俺ちゃんと戻ってきたから」
俺は精一杯の笑顔を、今この場に三人しかいなかったが見せることができた。
俺の笑顔に、皆も笑顔で答えてくれた。
そして「おかえり」と言ってくれた。
この、笑顔を俺は忘れないでおこう、そう心に誓った。


月日は順調に流れていた。
使徒も夏休みがあるのか侵攻の兆しすら見せてこなかった。
一週間に一度のシンクロテスト。
最もこれはエヴァにちゃんと乗るのではなく、テストプラグを用いての簡易的なものだとレンさんはずっと前言っていた。
このテストでのシンクロ率とエヴァに乗ったときのシンクロ率は大体同じらしい。
エヴァを用意しないから、手軽だとミヨコさんも言っていた。
ちなみに、肉体的な損傷は特に左右されないと言われて右肩負傷中の俺にテスト免除が下されることはなかった。
「皆、ご苦労様。上がっていいわ」
レンさんの終了の声が無線越しに響く。
テストが終了し、四人で結果を聞きにいく。
「四人とも問題はないわ。ただし、ユウキ君?」
いきなり、ミヨコさんに目を付けられた。
なんだというのだろうか?
「最近少し下がってきてるけど何かあったの?」
皆して俺のほうを向く。
困ったもので最近俺のシンクロ率は他の皆と比べて少し低いものだった。
前は数値的に四人の中の真ん中のほうであったが最近はビリである。
「べ、別になんにもないですってば」
心当たりは確実にあるが、ここではないと言って置く。
「そう?あんまり無理しちゃダメよ?じゃあ、今日は解散」
四人で更衣室へと向かう。と言っても俺は男子用だけどな。
着替え終わった後、皆がまだなので先に帰ろうと思い、エレベーターを待っていた。
すると、後ろから声がした。
俺を呼ぶ声。
振り返ると、水色のショートカットの髪の毛少しだけなびかせながら走ってくる少女いた。
「はぁはぁ、もうすぐ帰ろうとしないの!」
綾波だった。
ジト目で俺のことを見ている。
「いやぁ、皆先に帰ったのかなと思って」
苦しい言い訳をする。
さほど重要ではなかったらしく、綾波はそんなことないと苦笑しながら言い、俺の隣に立った。
あっという間の「あ」の字も言えないぐらいの間隔でエレベーターのドアは開き俺と綾波は乗り込んだ。
乗ってから数秒で綾波に話しかけられた。
「シズクの気持ち、汲み取ってあげなさいよ」
「えっ?」
いきなりのことで俺は少々焦った。
気持ちを汲み取る?シズクのって?
「気づいてるんでしょ?あの子の気持ち……」
綾波は話している俺から顔を背けていった。
顔が見えないので表情を伺うことすらできなかった。
「あ、ああ……でも……」
シズクの気持ちには気づいている。
たぶん、自意識過剰とか言われてしまうかもしれないがシズクは俺のことが好きなのだろう。
もちろん、男としてだ。
「今、答えを出せる自信がない……」
「なんで?あんなにあなたを想ってくれてるのに?もしかして、それが分かってないとか?」
綾波の声が大きくなる。
顔もこちらを向いていて好戦的だ。
罵声を浴びているかのような気分になる。
「迷ってるんだ」
自然と口が言葉をつむいでいた。
綾波の強気な表情が一変した。
「このままシズクの気持ちを受け入れてもいいと思う。そりゃあ、シズクはか、可愛いし、俺のことを慕ってくれているのは十分分かっている。けど……」
綾波の、燃えるような紅の瞳を見た。
その瞳に俺が映っている。
「シズクのことは好きだけど、同じくらい好きな人間が今の俺にはいるんだよ……」
たぶん、噛まずに、顔を赤くせずに、顔を背けずに、俯かずに、小さい声にならずに言えたのは言い訳のような言い方をしたからだと思う。
俺がそれを言うと、再び綾波は顔を背けてしまった。
答えに失望してしまったのだろうか。
良いことか悪いことかエレベーターを止める人間はいなくて、乗っているエレベーターはゆっくりと地上へと進んでいる。
いつもように階数表示を見続けていた俺だったが急にしゃべった綾波のほうを向いた。
だが、綾波はまだ顔を背けたままだ。
「そ、その子って……そんなに、大事なの……?」
最後は消え入りそうな声だった。
でも、俺は聞き取った。いや、綾波からすれば俺は聞き取ってしまったと言ったほうがいいのかもしれない。
「うん、大事というか……俺がエヴァに乗り続けてきた理由でもあるんだ。その子や皆を守れればいいと思ってきたから」
「その子、幸せだね……一体誰なんだろうなぁ」
俺に聞くわけでもなく、こちらに振り向き笑顔でそういった。
しかし、そのときだった。
がくんと音がして大きく揺れたかと思うとエレベーターが……止まった!?
そして電気の明かりが落ち、非常灯のオレンジ色の暗い明かりのみになってしまった。
「な、なによ、これ?」
この光景。
この感じ。
そして、この暗さとエレベーターの停止。
あいつの記憶の中にもあった。
「停電」か……。
幸か不幸かあいつの記憶のおかげで俺はこの状況でパニックに陥らずに済んでいた。
近くにいたもう一人の人間はパニックになっているようだ。
「ちょ、ちょっとどういうことよ!いきなり、止まるなんて、故障!?」
と言いながら綾波は非常電話やら、非常呼び出しボタンやらをガチャガチャやっている。
そんなことやるほうが故障の原因ではと心の中で思うほど俺は冷静だった。
「繋がらないわって、何でそんなに冷静なわけ?」
綾波がそう言った。
「まあ、焦ってもどうしようもないし。たぶん、停電だろ?待っていれば助けがくるさ」
笑顔で安心させるように答える。
綾波が少々頬を赤くしてうんと頷いた。
ちょっと、可愛いと思った。
「でも、こんな大きい秘密基地みたいな場所が停電するなんてありえるのか?」
非常電話、非常呼び出しボタンと格闘している綾波に聞いてみた。
綾波は俺の質問に対して格闘をやめ、腕を組み考えているようだった。
「う〜ん、たぶんないとは思うんだけど……よほどの腕利きじゃないと無理だと思うわ」
真剣な眼差しで俺にそう答えた。
こんなときに停電しなくてもいいだろうよ。しかも、綾波と二人きりのときに。
俺はこの停電を起こしたかなりの腕利きと綾波に評された馬鹿野郎を呪った。
携帯をポケットから取り出して時間を確認した。
あれから、三十分ほど経過していた。
空調もストップしているらしく、エレベーターという空間は蒸し暑く、まるでサウナのようだった。
「さすがに、暑いね……」
綾波が呟いた。
確かに、暑い。
だが、俺の心臓を破裂させるかのようなこの心拍数は暑さの所為だけじゃなかった。
「…………」
綾波と二人だけでこの狭い空間にいるというのが、今の俺の気持ちを高揚させているものだった。
俺も綾波も私服の上着を脱いでいた。
特に、俺は首元に何個かボタンがあるタイプの服を着ていたから暑苦しくなりそれを外していた。
停電と思われる事態に陥り、普段よりも数倍薄暗い空間となっていた。


「さてと、仕事をさせてもらいますか」
コンピュータを弄っていたのは少女だった。
特殊工作員のような格好をしている。
どうやら、スパイか何かのようである。
AB本部を停電させたのはこの子とみて間違いだろう。
「こんなの、私の手に掛かればちょろい、ちょろい!」
そう言いつつ、手元のコンピュータに指を走らせる。
その手は手馴れたものだった。
ABを調べる者がいる。
それは苦しくも使徒戦役時、あのネルフがされた行為とまったく同じものだった。


To be continued


次回予告

新型エヴァ輸送中に襲来する使徒。
エヴァとのそのパイロットは初の空中戦を行う。


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後書き
シンジ君登場!後は結構先まで出番なしww
次で新しいエヴァとパイロットが出てきます。
久しぶりの使徒戦です。
姿形、能力は決まってるのに肝心の倒し方が分からないorz