新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側


第拾七話―コピー。それは真実に限りなく近い嘘なのか、それとも―



修学旅行が終ってから一週間後のことだった。
俺はミヨコさんの仕事を手伝っていた。
仕事の手伝いといっても溜まっている報告書の整理ぐらいであるが……。
これがかなり多い。
なんでも、使徒が予測していたものよりも速く侵攻してきているということである。
それ故に、報告書、始末書がわんさか溜まっているという。
得体の知れない使徒の行動を予測するということがおそらく人類にとって不確実なのだろう。
「ありがとう、助かったわ」
ひとしきり整理し終わり、ミヨコさんが俺にそう告げた。
俺はあいさつし部屋を出て行こうとしたがそれを呼び止められた。
「あっ、そうそう。レンが帰りに寄ってくれって行ってたわ」
レンさんが……?
なんだろうか、この前の石碑のことだろうか。
俺はそのことが気になったのでミヨコさんに短くお礼を言うと部屋を出てレンさんの部屋に向かった。
レンさんの部屋に着いた俺はドアの前で名前を名乗り中に入った。
中に入った俺を待っていたのは珍しく少々困った顔をしたレンさんと……あれは、鳥かごか?
入ってきた俺を見たレンさんは手招きを俺にした。
それに従い、レンさんの机の方に近づく。
「どうしたんですか?」
エヴァのことだろうか、それともこの前の石碑のことだろうか……。
「実は、高羽委員長から呼んでくれと頼まれて」
「高羽さんが?」
これには、少しだけ驚いた。
高羽さんとはあのカマキリみたいな使徒と戦った後に話してからあまり会ってない。
避けているとか避けられているとか、嫌われているとかではなく単純に会っていないだけだ。
俺からもたぶんあちらからもあまり用はないのだろうと思っていた。
だが、直々にABの長とも言うべき人が呼んでいるとは。
俺はレンさんに案内されてこの後司令室と書かれた部屋に行った。
レンさんがついてきたのは部屋の前まで。
いざとなると何の用かと色々考えてしまう。
しかし、この前のことがこの前のことだったのでこのときは深く考えずに自分の名前を名乗り「失礼します」と言った後、部屋の中に入った。
そこには、前と同じように高羽さんと、ん?あれは誰だろう。見たことあるような気がしないでもない。
高羽さんは入ってきた俺の方を見ると柔和な笑顔を浮かべた。
「やあ、久しぶりだね。といっても今日はゆっくり雑談しているという場合ではないのだけれどね」
「は、はぁ……俺にどういった用件を?」
恐る恐る聞いてみる。
「君はT-03を知っているね?」
T-03。
それは、ある日本の地名の俗称である。
そのTは第4新東京市は第二東京市などと同じく東京を意味している。
今は、芦ノ湖としてその名が知れ渡っている地だ。
「第三新東京市……」
「そうだ。そこに出向いてほしい。私とシュウノスケとともに」
シュウノスケ?
恐らく、高羽さんの横にいる人物だろう。
やはり、どこかで見たことある人物だ……。
あっ……。
「もしかして、市長?」
俺がその人物に尋ねると笑みを浮かべて俺に近づき手を差し出した。
「覚えていてくれたかね。そう、第4新東京市市長兼Apostle Buster副委員長の種島シュウノスケだ。よろしくユウキ君」
「よろしく」と言い、握手に応じる。
って、副委員長ってことは実質この二人はABのツートップってことになるのでは……。
「でも、なぜ急に第三に?」
「……見てもらいたいものが発掘された。君に」
「は、はぁ……」
それだけでは生返事しかできなかった。
“見てもらいたいもの”それが一体なんなのか分からなかったが、断る理由もまたなかった。
「分かりました。いつ第三に行けば?」
「おって、通達する。第三には私とシュウノスケも一緒に行く予定だ」
種島さんに視線を移すと頷かれる。
「今日の用はそれだけだったのだ。わざわざ呼び出してすまなかったな」
「いえ、では」
俺は一礼してその部屋を後にした。


「いいのか、彼にあれを見せて?彼はもしかすると」
シュウノスケはユウキが部屋から出て行った後、カズヒロに話していた。
第三で発掘されたというのは嘘であり、前からそこに存在していたものだ。
「ああ、私はその可能性を否定したい。そういう意味で彼に見せたいと思った」
カズヒロが見ているディスプレイには第三の地下が映っていた。
今では芦ノ湖の一部となってしまった巨大なクレーター。
その付近の地下には人類ではない誰かが作ったものとされる巨大な空間。
そして、そこには先日ユウキが見たものと酷似した石碑のようなものがあった。
石碑の近くには意味深な赤い十字架もあり、水が長い間満たされていたのか下の部分と上の部分とでは色が少々異なっている。
「……古代人が残したメモ用紙か……」
シュウノスケがそう呟き、カズヒロも頷く。
「それが本当に古の人間が残した遺物かどうかは定かではないがな……」
カズヒロはそう付け足した。


司令室から出て帰るときだった。
地上へ上がるためにエレベータに乗ったのだがそこには先客がいた。
綾波だった。
「珍しいね、ユウキ君がこんな時間まで残ってるなんて」
「そうかな?」
「うん、いつもはテストとか訓練が終ったらすぐに帰っちゃうから」
そういわれてみれば確かに。
まあ、意味もなくここに居ると返って皆の邪魔になってしまうのかと思っていたからな。
「今日はどうしたの?」
「高羽さんに呼ばれたんだ」
そこでしばらく沈黙が続いた。
エレベータを止める者はなく、上に上がっていく変な感覚が鬱陶しかった。
黙ってエレベータの階数表示を見続けた。
そして、それが1になり扉が開いた。
開いた先には見慣れた風景があった。
俺と綾波はほぼ同時に外へと出て歩きだした。
「そういえばさ……シズクのこと名前で呼んでるよね?」
「あ、ああ。それがどうかしたか?」
「べ、別に。ほ、ほら私のことは苗字で呼んでるからさ!」
その時の綾波は少々頬が赤く、まくし立てるかのように喋っていた。
確かに、綾波のことは苗字で読んでいて、シズクのことはシズクと呼び捨てにしている。
しかし、それは呼び捨てにしろと言われたからしているだけの話で……
「じゃ、じゃあ、名前で呼んだほうがいい?」
おそるおそる聞いてみる。
心なしか顔が熱い。
ミヨコさんかレンさんに見られたら「若いっていいわ〜」とか「青いわね」とか言われそうな雰囲気である。
綾波は俺から目を逸らした。
「え、えっと……いいよ、いままで通りで」
「うん……」
俺も綾波もそれ以後マンションへの道で別れるまでは何か話そうとするものの、お互いのタイミングが合ってしまい何回も目を合わせていただけだった。
妙に恥ずかしかった。


その次の日使徒襲来を告げるサイレンが鳴り響いた。
俺たちパイロットは一足先にABへと向かい、それぞれのエヴァに搭乗した。
『いい?今回の使徒はまだよく分かっていないことが多いの。各機、接近戦は避けて』
ミヨコさんから指示に各個応える。
だが、何も分かっていないとはどういうことだろうか?
様子を見るという名目で攻撃ぐらいするだろう。
俺は疑問を抱きつつも操縦席のレバーを握りなおした。
ミヨコさんの発進の命令によりエヴァが三機射出され、目前には第4新東京市が広がっていた。
いつも見る風景とは少し違い、どうやら都心から少し離れた市街地のようだ。
『一体使徒はどこにいるの?』
シズクがそう言い、Stypeの持っていた槍型の武器グングニルを構える。
いつでも、準備OKのようだ。
俺もSStypeの持っている二丁の小型マシンガンをいつでも発射可能状態にしておく。
綾波の乗るGtypeは後方でライフルを片手に構えている。
敵の姿は未だに見えない。
しかし、次の瞬間だった。
「!?」
いきなり、右からマシンガンか何かの連射を受けた。
幸いATフィールドがあったためダメージを受けなかったが一体なんなんだ?
横を見ても使徒迎撃用の兵装ビルしか見当たらない。
その兵装ビルは何者かの弾丸によって破壊された。
弾丸が飛んできた方向を見るとGtypeがライフルを構えていた。
「綾波!?」
『その兵装ビルがユウキ君を撃ったのよ。どうなってるんですか?ミヨコさん!』
綾波が指示を仰ぐ。
『分からないけど、敵は兵装ビルをコントロールしたのよ。気をつけて!敵はこちらの武器を乗っ取る攻撃方法かもしれないわ!』
ミヨコさんが全機にそう告げた瞬間。
『きゃあ!』
「な、なにっ!?」
またもや、後方から……今度はグングニル!?
「ど、どういうつもりだ!シズク!」
『て、手が勝手に!』
見るとStypeの手が黒ずんでいた。
そういえばさっきの兵装ビルも黒くなっていたような気がしないでもない。
影だと思っていたのだが、まさか使徒か!?
StypeのATフィールドをこちらから中和して、槍に攻撃を行う。
二丁のマシンガンが槍という細い物体を捕らえきれず、Stypeにも弾が当たる。
『いたっ!ちゃんと狙え、バカユウキ!』
そんな無茶苦茶な……。
その黒い影が今度はマシンガンに移ってきた。
これが今回の使徒か!?
すぐに黒い影の移った右手に持っていたマシンガンから手を離す。
それでもなおマシンガンは地上に落ちた後浮き上がりこちらを攻撃する。
しかし、ATフィールドで防御する。
もう片方のマシンガンで使徒が移ったマシンガンを撃つ。
マシンガンは穴だらけになる。いつのまにか黒い影も消えていた。
『ユウキ君!前方に気をつけて!エネルギーが集まってるわ!』
ミヨコさんからその無線を受けたとき俺の目の前にはすでに異様な形をした『それ』が立っていて俺を睨みつけているようだった。


SStypeの前方に立っている黒い影。
それは、すでにその影のような外見ではなくそれはまるでエヴァのような形をしていた。
『3A−601 8th ラグエル』
人型に変化した黒い影の頭のような部分には白い斜めの線があった。おそらく目であろう。
『皆あれが本体よ!火力を集中させて!』
ミヨコが皆に言うが、言われるまでもなく攻撃対応するエヴァチーム。
SStypeとGtypeが砲撃により、相手をかく乱する。
それに気を取られている隙にStypeが徐々に近づいていた。
だが、相手もやられているだけではなかった。
その腕のような部分が突如として形を変えた。
それはまるでさきほど、乗り移ったマシンガンのような形をしていた。
「まさか!?」
ユウキは危険を感じ取りSStypeをラグエルから離し距離を取る。
予感は的中し、敵はそのマシンガンのような形をした手から弾丸を連射してきた。
「もらったぁ!!」
SStypeに気を取られているうちにStypeがグングニルで敵を突き刺そうとした。
矛先が刺さるそのときだった。
まるで切ることのできない空気さえも切るかのような嫌な音がしたかと思うとマシンガンに変化していないもう片方の手は槍状に変化していた。
グングニルと瓜二つである。
敵はただエヴァチームを翻弄するために武器に乗り移っていたのではなく、その武器を再現するためにデータを集めているに過ぎなかったのだ。
その変化した槍状の手はエヴァStypeの腹部を貫いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「姉さん!」
エヴァの受けた痛みをシンクロしているパイロットにも幻覚として現れる。
それはシズクといえど例外ではなく、腹部を槍で貫かれる痛みが走る。
もはや、操縦などできはしない。
動けなくなったのを確認するかのようにStypeが刺さった手を自らの顔のような部分に近づけるラグエル。
その後、その手を振るい、手からStypeを乱暴に引き抜いた。
「くっ……ミヨコさん、まだやれます!システムを私に書き換えてください!」
ユメミが叫ぶ。それを、苦痛の表情で見つめるシズク。
ダブルエントリーシステムのメリットである点、それがこのシステムの書き換えの早さである。
プログラムの書き換えを最短で行い戦闘中どちらかのパイロットが負傷、及び戦闘不能に陥った場合、即座にパイロットを変更できるのである。
『……分かったわ。レンお願い!ユウキ君、レイ。それまで敵の注意をひきつけて!』
「「了解!」」
ラグエルはすでに興味はないといった様子でStypeから目を逸らし、背を向けていた。
レイは標準を定めラグエルに向けて発砲を続ける。
「このぉ!」
SStypeはラグエルを中心に円を描きながらマシンガンによる攻撃を続ける。
『書き換え完了!夕暮ユメミ、シンクロスタート!』
パイロットシステムが完全に入れ替わり、ユメミがメインパイロットとなり操縦桿を握る。
しかし、エヴァの傷が塞がるわけではなく、その腹部からは血が流れている。
後ろからラグエルに近づく。
ラグエルは攻撃目標をSStypeに変えたようでマシンガンで攻撃を仕掛けつつ距離を縮めている。
「ちっ!分が悪いぜ……」
ラグエルに負けずSStypeもマシンガンで攻撃している。
だが、そのラグエルのマシンガン攻撃によりSStypeの持つマシンガンは弾き飛ばされた。
「こうなったら……!!」
ユウキは意を決した。SStypeが肩のウェポンラックからプログナイフを抜く。
ラグエルは槍にマシンガン、対してSStypeは攻撃範囲の狭いナイフのみだった。
「ユウキさん!今です!」
どう近づこうかと様子を見ているとその背後からStypeがラグエルにグングニルを突き刺していた。
それにより動きの止まるラグエル。
その隙を見逃さなかった。
「もらったぁぁぁ!!」
プログナイフをラグエルの顔面に突き刺す。
もだえるラグエル。
しかし、ラグエルは何を考えたのか足でStypeを後方で蹴り飛ばし、マシンガンでSStypeは吹き飛ばした。
倒れこむ、二体のエヴァ。
「ユウキ君!シズク、ユメミちゃん!!」
気を引くように近づきながらライフルを連射するGtype。
それをものともせずに近づきGtypeに抱きつくラグエル。
「こ、これは!?……自爆!?」
レイが気づくが、もう遅かった。
ラグエルの体からは四方八方に光が出ていた。
それはエネルギーの放出でもあった。


腹部に弾丸を撃ち込まれた痛みをなんとか耐え、俺はSStypeを起き上がらせる。
そこにはGtypeに取り付き眩い光を放っている使徒だった。
無線でレンさんが自爆と言っていた。
させるか!
俺は当たりを見回した。
そこには、倒れているStypeと……グングニル!
まだ間に合う!
「ユメミちゃん借りる!」
「うぅ……は、はい!」
ユメミちゃんの返答も満足に聴こえなかった。
俺はStypeの持っていたグングニルを拾い上げる。
そして、使徒がいる方向へSStypeをジャンプさせた。
「ごめん!綾波!」
その槍のリーチを生かしてGtypeの腕を切り飛ばした。
綾波の悲鳴が聞こえるが今はそんなことどうでもいい!
このままじゃ全滅しちまう!
使徒の光がメインカメラ一杯に広がってきた。
爆発するっ!
「ATフィールド全開!!!」
とにかくATフィールドを張ることだけに俺は集中した。
瞬間。
俺の視界は白い光によって支配され、次に気づいたときには視界が真っ暗になっていた。


目が覚めた。
そこは白天井だった。
この匂いからすると病院。
どうやら使徒は消えたようである。
「あっ、気がついた?」
隣にはパイプ椅子に座ってこちらを覗き込んでいる綾波がいた。
少し事態が飲み込めずキョロキョロしているとその後のことを話してくれた。
あの後、使徒はやはり俺の目の前で自爆したらしい。
すごい被害になることが予想されていたが実際そうではなかったらしい。
どうやら、その前に観測した強力なATフィールドが原因のようだ。
「もう、あんな無茶しないでよ……」
砕けた言い方だったが綾波は確実に同様していた。
自分から使徒を引き剥がしたことを言ってるのだろうか……。
それともATフィールドのことだろうか。
後から聞いた話しだが、俺の入院の理由は意識がなかったことと、あの強力なATフィールドを張ったことによる疲労が原因だったらしい。
そのとき、ドアからユメミちゃんが入ってきた。
「あっ、ユウキさん目が覚めたんですね!よかったぁ」
ほっとした笑顔を見せるユメミちゃん。
しかし、入ってきたドアが開いた瞬間もう一つの人影が見えたような気がしたのだが……。
二人と少々会話した後、休んだほうがいいといわれて二人は部屋を出て行った。
それが、思いっきり不自然極まりない事の運びようだったのは気のせいだろうか。
どうやら気のせいではなかったらしく、二人が部屋を出て行った後、すぐにシズクがバツの悪そうな顔で入ってきた。
「よぉ」
こちらから話し掛けてやる。
「えっっと……その……大丈夫?」
今度は逆に心配そうな顔で近づいて来る。
「ああ、外傷はないから。すぐにでも退院できるってさ」
「そう……私かっこ悪いところ見せちゃったよね」
俯きながら――といっても俺はベッドに寝ているのだからその俯いた顔は丸見えなのだが――そう呟いた。
「何が?」
素直な疑問だった。
かっこ悪い?
一体何がだろうか?
この前のすばらしく味つけの悪かった味噌汁のことを言っているのだろうか。
確かにあれはさすがに人間の口の中に入る味ではなかった。
「さっきの戦闘で……」
「ああ……」
使徒に貫かれたことか。
「しょうがないよ。敵のデータだって何も分かってなかったんだし、あの素早さじゃ俺も避けられていたかどうか」
苦笑する。
それだけ見ていた使徒の動きは速かった。
音速の域だったと思われる。
「やっぱり、ユウキは優しいなぁ」
頬を赤く染めながらもそう呟くシズク。
俺もそれと同様に少々顔が熱くなったのを感じた。
「あ、赤くなってやんの」
そう言い、俺の顔を見ながら笑う。
むっ、お前だって赤くなってるくせに。
お互いに笑いあう。
それだけの余裕が今の俺とシズクにはあった。
そう、このときまでは。


To be continued


次回予告

ジオフロントでユウキが目撃した石碑。
揺れるシズクの心。
幾度となく繰り返される夢。
まだ悪夢は始まったに過ぎない。

次へ
一つ前へ戻る


後書き
ラグエルとは光の監視官という意味の天使だそうです。
関係ありませんがタミフルというインフルエンザの特効薬がありますよね?
あれって天使の名前でしかも自由すぎる天使らしいです。
これを考えると服用者の異常行動も分かるような気が……。