新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側


第参拾壱話―決別の弾丸―



「この子が一応エヴァBtypeの予備パイロットとして選抜された周防ミノハル君よ」
さきほど、紹介された坂中ミヨコという女性が俺を青年四人に紹介する。
その中にある一人がすごく驚いた表情を浮かべていた。
俺はその青年が気になり、気が付けば近づいて握手を求めていた。
「君の名前は?」
柔和な笑みを浮かべながらそう言ってみた。
青年は一歩後ずさったがすぐに表情を直すと握手に応じてくれた。
「み、水島ユウキだ。よろしく」
握手を交わしたとき、俺は何か感じた。
そう、これはたぶん懐かしいとかそういう感情だと思う。
一体なんで俺がそんな気持ちになったのか分からないけど。
その後それぞれ自己紹介を済ませてシンクロテストに向かった。
結果は通常通り、起動指数を裕に超えていた。
よって、次に使徒が攻めてきたら俺はBtypeに乗って出撃することになる。
あんまり、実感沸かないけど……。
テストが終わり、俺が休憩室で休んでいると緑色のポニーテールを揺らしながら近づいてくる少女がいた。
さっき紹介されたStypeパイロットの一人である夕暮シズクだ。
「あんた一人?」
俺はその問いにうなずく。というか、結構馴れ馴れしい性格をしているんだな。
出会って間もない人間をあんた呼ばわりとは。
「ちょっと、付き合ってくれる?」
再びその言葉に俺は頷いた。
十四歳の少女の考えることだ。
別に危険とかはないと思う。
彼女が向かったその先は、ここイェルサレムを一望できる見晴らしのいい場所だった。
こんな場所があったなんて……てっきり使徒対策の施設ばかりだと思ってた。
人工のものだろうか? 心地よい風も吹いている。
その風で彼女の綺麗なポニーテールがなびいている。
なんというか、ドキドキした。
「相談したいことがあってさ……いきなり誘ってごめん」
「いや、別に。俺でよければ……でも、出会って間もない人間でよかったのか?」
彼女は薄い笑みを浮かべると控えめに呟いた。
「あんまり、親しくない人間に聞いて欲しくてさ……」
つまり、誰でもよかったってことか。
自分の身のうちの悩みを、言うならばぶちまけたいってことなのだろう。
「私ね……好きな人がいたんだけど、ちゃんと告白もして」
何故だろうか。
その言葉に妙に胸の奥が痛くなった。
病気だとは思えない。
きっと心が痛んだんだろう。
「でも、その人言ったんだ……自分は人を殺したんだって……」
その瞬間、何故だかある光景がフラッシュバックした。
俺は誰か同じくらいの年の少年と銃口を向け合っていた。
少年との間にはスイッチのような台座があった。
ほぼ同時に俺と少年は銃の引き金を引いた。
そこで、光景は終わった。
「たぶん、そいつは人を殺してないな。言葉のあやでそういう風に言っただけだと思う」
きょろんとした顔を夕暮シズクはした。
「例えば、ある人は交通事故にあうとする。でも、そのある人を助けようとして別の人が庇ったらそのある人は庇ってくれた人を殺した一つの要因となるけど直接手を下したということにはならないだろ?」
俺の話の途中からすでに彼女は納得したような表情になっていた。
「そっか、そういう解釈の仕方もあるのか……ありがと、話はそれだけなの」
しばらく俺たちの間を沈黙が支配した。
だが、少し強い風が吹いた後、彼女はさっきとは違った陽気な笑顔で振り向いた。
「ねぇ……そのぉ……み、ミノハルって呼んでもいい……!?」
本人も焦ったのか、少し語尾が上ずっていた。
俺も人のことを言えず、内心焦っていた、ドキドキしていた。
た、たぶん、おそらく彼女の笑顔がとびきり綺麗なものだったから……であろうと、思う!
だからだろうか、俺も声が上ずってしまった、顔も少し熱い。
「あ、ああ。じゃ、じゃあ、お、俺も下の名前で呼んでもいい!?」
って、何言ってんだ俺。
しかし、俺の意思とは裏腹に口は勝手に暴走する。
口は災いの元とはよく言ったものだ。
怒られるかと思ったが、彼女からは意外な言葉が返ってきた。
「う、うん! 是非っ!?」
気づけばお互いにしどろもどろになっており、顔は真っ赤だった。
自分の顔を確認できないが、彼女の様子からして俺も同じように真っ赤なのだろうと思う。
お互いにそれが分かったのか、同時に吹き出してしまった。
ひとしきり笑った後、彼女、シズクは
「また、会って話したいけどいい?」
そう聞いてきた。
俺には断る理由がなかったので頷いた。
俺は閉じゆくドアを見届けた後、目の前に広がる広大で人工的な自然に視線を戻した。
しかし、すぐに俺は後ろを振り向くことになる。
「こんなところにいたのね……」
黒髪の女性、坂中ミヨコさんがそこにいた。
まるで、懐かしいものを見るような目で俺を見ている。口元は薄っすらを笑みを浮かべながら。
もっとも、その笑みは嫌味なものではなく柔らかくこちらを見ているという表現が相応しかった。
そこで、また光景がフラッシュバックした。
その光景はさきほどの殺伐とした光景ではなく、目の前のミヨコさんと俺が楽しそうに笑っている光景だった。
ということは俺はミヨコさんと前に会っているということなのだろうか。
「坂中ミノハルって知らない?」
俺と同じ名前だが、苗字が違う。
ミヨコさんの近親者だろうか?
俺の予感は的中し、その後すぐミヨコさんはその坂中ミノハルが自分の弟だと教えてくれた。
しかも、もう亡くなっているという。
「エヴァのパイロットに選ばれたのなら知ってるでしょ? ROEという選抜訓練のこと」
突如頭痛が走った。
俺は頭を片手で抱える。
なんだろう、ROEと聞いただけで息が苦しくなった。
頭が痛くなった。
前からROEのことは聞かされていた。
だけど、こんなことは今までなかった。
今になって一体何故こんなことになるのだろうか。
不思議な話だが自分のことがよく分からなくなった。
「その選抜訓練で死んだの」
「違う」
「えっ?」
気づけば俺はミヨコさんの言葉を否定していた。
坂中ミノハルは死んでいない。
何か証拠があるわけじゃないが、そうだと直感的に思った、いや分かった。
「たぶん、死んでないと思う、その弟さんは」
弟という言葉を口にした瞬間目の前が真っ暗になった。
いや、ちゃんと目は見えているのだが頭にいくつもの光景と単語が現れては消えてゆくといった現象が起こった。
その所為で目に映る光景を気に留めている場合じゃなかったのだ。


――弟――


『坂中ミノハル』


――ROE――


『水島ユウキ』


………………。


そういうことか。
名前を聞いたときから引っかかっていたけど。
よく考えれば簡単に仮説が立てられるじゃないか。
そうと分かれば俺のすることは一つだ。
使徒のすることは一つだ。
俺は支給された携帯電話を取り出し、登録されているかつての親友の電話番号にコールした。
理由は、もちろん呼び出すためだ。
場所は……そうあそこがいい。
忌まわしき思い出の場所と呼ぶに相応しい場所。
「どうしたの?」
目の前にいたミヨコさん……姉さんがそう心配そうな顔で呟いた。
俺がいたときはこんな心配そうな表情などくれなかったのにな。
「なんでもありません」
そう答えて俺はその場所を後にした。
そして、追ってこれないように地上に出た後俺は姉さんに電話した。
ただ一言、『姉さん、さようなら』と伝えるために。
電話を一方的に切りその人物を着信拒否に設定した後、ある一人の電話番号を見て迷ってしまった。
そこには『夕暮シズク』と表示されている。
突如として彼女の笑顔とまた会いたいという言葉が思い出される。
心が痛んだ。
俺は携帯電話を握り締めた後ポケットにしまった。


奴に、ミノハルに伝えられたそこはあのROEが実施された場所だった。
しかも、ご丁寧にスイッチの前。
似ている、坂中ミノハルと決別した場所だ。
SStypeでそこに向かうとスイッチの目の前に周防ミノハルが立っていた。
近くにSStypeを膝たちさせ俺はエントリープラグから出る。
ミノハルの手には一丁の拳銃が握られていた。
オートマチックのAB職員の基本仕様となっている物だ。
「待ってたぜ、ユウキ」
「ミノハル……教えてくれ、お前は」
俺が続きを言おうとしたときミノハルは俺にその持っていた拳銃を放り投げた。
それをキャッチする。
確認すると弾は一発のみ装填されていた。
一体どういうつもりなのだろうか。
見ると、ミハノルがもう一丁拳銃を所持しているようには見えない。
つまり、ここにはこの拳銃一丁しかないということだ。
「思い出すよな……ROE。生死を懸けたあの戦いを」
思い出したくないが決して封印してはいけない過去。
それが俺はROEだと思っている。
「公表されている生き残りは一名。つまり、お前一人だ。意識不明の重傷者も含めると生き残りは三人のみ」
「生き残りがいるのかっ!?」
俺は同様を隠せなかった。
当時政府が出していた正式発表は生存者、つまりROE合格者は俺一人だけだった。
俺は疑うということをしていなかっただけだったということか。
「いるじゃないか、目の前に」
認めなくは無かった。
信じたくも無かった。
「俺が…………お前に殺された坂中ミノハルだ……」
俺の耳にはAB本部と連絡が取れるようにインカムが取り付けられている。
つまり、これはAB本部、発令所にいる人間には全て聞こえているというわけか。
「今更隠すつもりもない。お前を撃ったのは俺だ。それより、意識不明の重体なのにどうして」
そのとき、ついに腑に落ちなかった辻褄が俺の頭の中でつながった。
何故、俺がエヴァでここに来たのか、そこに理由と証拠があった。
言葉を発しようとした瞬間、俺の目の前のミノハルはオレンジ色の六角形の壁が現れた。
それは使徒とエヴァだけが目に見えるほど強力に展開できるものであるATフィールドだった。
「え、ATフィールド……!」
「薄々気づいていたんだろ? 俺が使徒と同じだってことに」
そうだ。
エヴァで発進した理由。それはこの地域にパターン青が検出されたからだ。
気味悪く口元を歪めるとミノハルは両手を左右に大きく広げた。
そして空を仰ぐ。
「チャンスをやるよ…………今ならATフィールドを展開していないから拳銃でも俺を殺せる。でも、この一度を逃したら次はない」
つまり、俺にこの場で殺されるなら本望だということなのだろうか?
耳につけているインカムに怒鳴り声と叫び声が聞こえた。
怒鳴り声の主はたぶん高羽さんだ。
対照的に悲痛ともいえる叫び声を上げているのはミヨコさんだ。
『ユウキ君……苦しいとは思うが、使徒を殲滅するのが我々の任務だ』
『ユウキ君! ダメよ、それはミノハルなのよっ!? あなたが殺したと思っていたミノハルよ!』
冷静に客観的に分析した場合、高羽さんのほうが圧倒的に正しい。
しかし、人間はただの機械じゃない、心がある。
情というものを考えれば俺は撃てない…………。
俺は下げていた拳銃を持つ右手をゆっくり肩の高さまで上げた。
そして目の前にいるミノハルに銃口を向ける。狙いをあわせる。
だが、そのとき爆音と風圧が俺を襲った。
その原因を確認する。
上を見上げるとABのヘリが一機近くに下りてきた。
ヘリから降りてきた人物を見て、たぶん一番驚いたのはミノハルだ。
揺れるポニーテール、それはエメラルドのような緑色。
俺に近づいてくる。
「やめて! ミノハルを撃たないで!」
その瞳には涙があふれていた。
「シズク、俺は……使徒なんだよ……君たちの敵なんだよ……」
ミノハルが半ば諦めたようにそう呟くのが聞こえた。
もちろん、シズクにも聞こえていたようで
「それが、どうしたっていうの! 私は……私はあなたが好きなのよっ!」
閑散としたROE跡地にその叫び声が響いた。
ミノハルは驚きの表情をした後、ふっと笑った。
「俺も君が好きだ、いや好きだったよ。でも、ユウキや他の皆が羨ましかった、君と一緒にいれるということが」
その言葉を言った瞬間、ミノハルの表情が一変した。
再び不気味な表情になり、もはやシズクのことなど眼中にないようだった。
ミノハルの不気味で大きな笑い声が再び閑散としたこの地にさきほどのシズクの言葉より大きく響いた。
「シズク、君のおかげで俺は死なずに済む。感謝するよ……だって、君のさっきの言葉でユウキが俺を撃てなくなっ」
……………………………。
―――――――――――。
乾いた音が響き渡った。
それは、拳銃が弾を発射する音に似ている、いやその音そのものだ。
ミノハルは地面に倒れた。
俺が持つ拳銃の銃口からは煙が出ている。
引き金は引かれている。
拳銃を持っている右手を下げると同時にシズクが倒れたミノハルに駆け寄った。
俺もゆっくりと、まるで何かにとり憑かれているかのようにフラフラとミノハルに近寄った。
微かに生きているようだが、銃弾は胸に命中し、きっともう助からない。
シズクが憎悪の目で俺を見上げた。
「なんでっ、撃ったのよ!」
当然の理由だ。
こいつは、俺の親友とも呼べる間柄だった。
シズクともきっと恋人に近い関係だったのだろう。
そんな人間を人から奪う権利などない。
だが、そんなことをした俺に慰めの言葉をかけたのはミノハルだった。
「いいんだ……シズク、かれを……恨まないでくれよ……」
今にも消えそうな声でそうミノハルは呟いた。
「俺は……すでに死んだ身……そうだろ? ユウキ」
なんとも返答し難い問いだった。
使徒の力によって蘇った少年、かつての親友。
だが、もとは意識不明の重態。
使徒の力など使わなくとも一応、生きていると言える状態にあったと思われる。
だけど、今ミノハルが言いたいことはそうじゃない。
俺の中での話だ。
俺の中で、ミノハルはすでに死んでいる。
紛れもない過去だ。
いわば今のミノハルは過去からの刺客といってもいい。
だから俺は頷いてその問いにしっかりと答えた。
その答えに満足したのか、ミノハルは口元を緩めた。
俺は持っていた拳銃を、ミノハルのその傷の胸に置いた。
もう言うことはないだろう、俺は踵を返してSStypeの下へと向かった。


SStypeを収容し終わった後俺に降りかかった言葉はなかった。
代わりに振ってきたのは平手打ちだった。
俺の頬に平手を打ったのは他ならぬミヨコさんだ。
無線でミノハルは自分の弟だとミヨコさんは言っていた。
怒るのも当然だろう。
叩かれた頬が思いのほかじんじんと痛んだ。
「自分が何をしたか分かってるのっ!?」
そう涙で濡れた顔で俺に怒鳴った。
いや叫んだといったほうがいいような声量だった。
ケイジ内だったためそれが余計に響いた。
「あなたの親友じゃなかったのっ!? それをあなた、あなたはっ!!」
何かが、崩れた。
気が付いたら俺は叫んでいた。
「分かってる……分かってるからこんなに苦しんでるんじゃないですかっ! 」
今度はミヨコさんが呆気に取られている。
俺はそれに構わず言葉を続けた。
「使徒を、自分の任務を果たしたはずなのに……なんでこんなにつらいんですかっ!?」
ミヨコさんには分かって欲しかった。
あのときは気を張ってギリギリ涙や悲しみ、苦しみを抑え込んでいた。
しかし、抑える理由がなくなった今、俺のほうも限界だった。
突如襲い掛かる後悔の念。
ミヨコさんの涙やシズクの憎しみに染まった顔が思い出される。
涙が目じりにあふれてくるのが分かった。
このまま少しでも気を抜けばきっとこの涙はあふれてしまうだろう。
今はもう責める気力がなくなったのかミヨコさんはただ涙を流している。
この場にいたらもらい泣きでもしそうだ。
そのとき綾波が俺を連れ出してくれた。
かなり、強引に。手を引っ張られて。
綾波が何か言葉をかけてくれていたが耳に入ってはこなかった。
はっきりしない頭でプラグスーツから普段着に着替えて更衣室を出た。
更衣室で顔を洗ったおかげか意識ははっきりしていた。
待合室には綾波がいて、ベンチに腰掛けていた。俺もその隣に腰掛けた。
「大丈夫?」
頷こうとしたが、首を振った後
「大丈夫じゃないかも」
と曖昧な返事を俺はした。
よくよく考えれば俺のしたことは狂ってるとしたいいようがない。
ミノハルはROE時代の親友だ。
俺はミノハルをあのとき殺してしまっている。
しかし、蘇ったといっても過言ではないミノハルをまた俺は殺してしまった。
今度は自らの手で。
それは果たして正しいことだったのだろうか?
綾波に聞いて見ようと思ったとき突如として視界が遮られた。
頭に手が添えられる。
一瞬何が起きたか分からなかった。
だが、すぐに俺は綾波に頭を抱きしめられたことが分かった。
あっ……いや、分かっただけで返答に非常に困ってしまった。
しかし、同時に心が安らぐような気がした。
だから恥ずかしいとかそういう気持ちにはならなかった。
「大丈夫……大丈夫だから……ね?」
大丈夫と俺に言っている綾波のほうが何故か涙を流していた。
たぶん俺にとって都合のいい解釈かもしれないけど綾波は俺の分まで泣いてくれたような気がした。



To be continued


壊れる日常。
壊れた戦友。
彼から大事なものを奪わんとする使者達。
果たして彼は失うのか? それとも……。


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後書き
とりあえずすいませんorz 最近モンがハンするゲームをやりこみすぎて執筆がおろそかになっています。
一話限りだけ登場してもらいましたミノハル君。
もうちょっと引っ張ろうかなと思ったんだけど、案な浮かばず即退場ということでwww