第三話 守られた街、守った少年



病院

シンジの乗るエヴァ初号機が第参使徒サキエルを殲滅してから三日が経った。
そして、シンジはネルフの病室で目覚めた。
「……ここは?」
シンジはそこが病室ということが臭いと、部屋に置いてある物で分かった。
消毒液臭い、その臭いは人間にとっては嫌な臭いともう一つ、そこが医療関係の場であるということを実感させる。
「病院か……」
それはシンジにとっても例外ではなく、彼もここがどこかの病院の病室であるということがすぐに分かる。
上半身を起こす。
窓は開かれていて涼しい風が入ってくる。
シンジは深呼吸して、再び頭を枕に預けた。


第一発令所

「シンジ君の意識が回復したそうよ」
発令所にいたリツコは微笑しながらミサトに言った。
しかし、未だミサトは険しい表情でリツコに問い返した。
「容態はどうなの?」
その声色は厳しかった。
それとは対照的にリツコは冷静に返した。
「記憶に多少の混乱が見られるそうよ。でも、精神汚染の心配は認められなかったわ」
それを聞いたミサトがやっと安堵のため息を吐いた。
「そうだもんねぇ、いきなりだったもん」
「脳神経にかなりの負担が掛かったんだわ」
リツコが医学的に言うがミサトはこれまた対照的に
「"心"の間違いじゃないの?」
と言った。
そして、発令所を出て行こうとする。
それをリツコが咎めたがミサトはシンジを向かえに行くと言い残し、発令所を去った。
後々、ミサトがシンジの病室を見て我が目を疑うことになることも知らずに。



病院

シンジの病室の前に来たミサトは病室の中からシンジとは別の男の声がするのでノックして扉を開けた。
そこにはミサトの予想もしない人間が備え付けのパイプイスに座っていた。
間違いなく、ネルフ本部の司令であり、碇シンジの父親である碇ゲンドウだった。
ミサトは日頃のゲンドウの行動や言動からは想像もつかない姿に一瞬我が目を疑ったがすぐに現実に戻りゲンドウに声を掛けた。
「い、碇司令?どうして、ここに?」
「決まっている。シンジの見舞いだ」
まともなことを言う、総司令に多少の憤りを覚えたミサトだったが、反面当然のことかなと思ったのもまたである。
父親が息子の心配をして、見舞いに来るなどということは至極当然のことである。
「では、そろそろ、私は行く」
「うん、ありがとう、父さん」
ゲンドウは椅子を立ち、ミサトの横を歩き扉を開け出て行った。
ミサトはそれを見過ごすと今までゲンドウが座っていた椅子にミサトが座る。
「どう、気分は?」
「もう、大丈夫です」
「碇司令とはなにを話してたの?」
「これからのこととか……この前の戦闘のこととか」
「そうなの……」
ミサトは少々信じ難いと思っていた。
あの碇ゲンドウが他人に優しくするなど考えられないからだ。
しかし、シンジの顔は三日前に死と隣り合わせの戦闘を行ったとは思えないほどスッキリした表情だった。


司令室

ミサトはシンジがもう一日検査入院が必要だと聞かされたため発令所に戻った。
だが、すぐにゲンドウに呼び出された。
「私に用とはなんでしょうか?」
ゲンドウはいつも通り両手を組んで、肘を机についている。
相変わらず、その表情は部下のミサトにも読み取れない。
「シンジの面倒を見てもらいたいのだ……つまりは保護者代わりをしてくれということになる」
ミサトはため息をつき
「お言葉ですが、司令。それは実の親の方がいいと思われますが」
ミサトの言葉は最もだった。
せっかく実の父親がいるのに一緒に暮らさない理由はない。
「それはそうなのだが、私は司令という立場に位置している。命が狙われる危険性もある。だからだ」
ゲンドウの言い分も分からなくはない。
今回、使徒殲滅のためにエヴァを公の場に晒したとはいえネルフはあくまでも非公開組織なのだ。
その長である司令が狙われないという保証はないのである。
ミサトはしばらく考えた後それを了承した。



その次の日シンジは退院した。
シンジを迎えに来たのはゲンドウではなく、ミサトだった。
それを見てシンジは多少驚きを露にした。
「シンジ君は私が引き取ることになったから……よろしくね!?」
「はい、よろしくお願いします」
シンジは他所々しく礼をした。
しかし、ミサトは
「そんな他所々しくしなくていいわよ。これからは家族なんだから」
「はい」
シンジの頬は多少紅葉していた。
二人はミサトのアルピーヌに乗り、第三新東京市に出た。



コンビニでの買い物の後ミサトとシンジを乗せたアルピーヌは第三新東京市が一望できる見晴台に来ていた。
そこから見える街は何もなく、ただ機械の平原が広がっているだけである。
それを見て、シンジがつぶやいた。
「静かで……さびしい街ですね……」
シンジは限りなく無表情だったのだが、ミサトには真正面から自分達を照らす暁色の夕焼けでシンジの表情は読み取れなかった。
そして、ミサトは時計を見る。
「もうすぐだわ……」
そのとき警報が鳴り響いた。
使徒かとシンジはうろたえるがすぐにその心配は必要なくなった。
突如として、今まで何もなかった街の平地からビルがせり上がってきた。
「すごい、ビルがせり上がって来る!」
「これが使徒迎撃要塞都市第3新東京市。そして、貴方が守った街よ」
ミサトのその言葉にシンジは街から目をそむけた。
自分は本当に守れたのかと。
役に立ったのかと。
自問自答しているとミサトが再び声を掛けた。
「シンジ君、なんであのビルは今せり上がってきたんだと思う?」
「それは、そういう機能でこの時間に上がるって予定だったからじゃないですか?」
シンジはミサトは何を言っているのだろうといった口調であった。
しかし、ミサトはシンジとは根本的に全く別の回答をした。
「それだけの人間が生きてるって証拠でしょ」
シンジはそれを聞き目を見開いた。
そして、再び夕日に照らされている街を見た。
せり上がってきたビルや建物にはすでに灯りが灯っている。
それは、間違いなく人はそこにいる証拠であり、人が生きているという証明であった。
「貴方は確実に私達を、この街と住む人達を守ったのよ……」
シンジは目じりに涙を溜めていた。
しかし、流す事はなく、すぐに腕でそれをぬぐった。
そんな、シンジをミサトは優しい目で見守っていた。



コンフォート17 ミサトの部屋

シンジとミサトはその後コンビニで買い物をし、家へと帰った。
荷物はほぼ全てシンジが持っているのは少々疑問だが……。
「シンジ君の荷物はもう届いていると思うわ…実は私も最近越してきたばかりなのよね〜」
と言いつつマンションの一室のドアをカードキーで開ける。
中から温かい光りがシンジとミサトを照らしている。
「さあ、入って」
「……あの、お邪魔します……」
シンジが控えめに言う。
しかし、ミサトは
「……シンジ君、ここはあなたの家なのよ?」
シンジはそう言われ玄関に一歩足を踏み入れる。
そして、少し恥ずかしそうな顔で
「た、ただいま……」
ミサトはそれに満面の笑みで答えた。
「おかえりなさい」
ドアが静かに音を立てて閉まった。
「なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ミサトの部屋の現状を見たシンジはこれなら一人暮らしの法がマシだったかもと一瞬だけ考えた。
テーブルの上には昨日かもしくはもっと前に飲んだと思われる酒の瓶やおつまみの袋、レトルト食品のゴミが大量発生している。
ゴキブリが二、三匹いてもおかしくはない光景であった。
ミサトはミサトでそそくさと自分の部屋に引っ込んでしまった。
「ごめん!荷物、冷蔵庫の中に入れといて!」
部屋の中から声がする。
「あ、はい……」
シンジは意を決して冷蔵庫を上から開ける。
「氷…つまみ…ビールばっかし……どんな生活してんだろ?」
それは後々シンジは実感することになる。
そして、ついにシンジが疑問に思っていた夕食が始まる。
それはそうだろう。
冷蔵庫の中身はろくなものが入っていない。
あの状況でどうやって夕食を食べるのだろうか……。
答えは簡単である。
チン!という音がリビングに響いた。
つまり、レトルト食品orコンビニ弁当である。
ミサトはビールを飲みプハッ〜とか言っている。
シンジはもう帰りたくなっていた。
「逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……逃げちゃダ……逃げてもいいかも…」
「あれ?食べないの?結構美味しいわよ?レトルトだけど?」
シンジはこの人の生活を根底から変えなければと本気で思っていた。
シンジの目の色が変わる。
「ミサトさん、明日からは僕が作りますから!こんな生活をやめましょう!」
「え〜でも、シンちゃんだってパイロットなんだからストレスになっちゃうでしょ?それに買い弁のほうが楽だし〜」
「四の五の言うな!!とにかく、そうさせてもらいますから!拒否権なんて認めるものか!」
シンジは軽くキレていた。
これからこんな――悪く言うと――ゴミ屋敷で生活するなど考えれない。
その剣幕にミサトはびびっていた。
「わ、分かったわ……そこまで言うならお願いするわ」
こうして、ミサトのゴミ屋敷生活は一応の終結を見ることになる。
そして、食べ終わると謎のジャンケンにより不公平な生活当番が決定したのは伏せておこう。

夜、シンジの携帯に着信があったことをシンジは後に知る。
次回予告
未だに自分がエヴァに乗る理由が分からないシンジ。
そんなシンジに一人の少年が感謝を告げる。
しかし、それはシンジをさらに悩ませることにしかならなかった。
次回 第四話 VS音速の鞭



後書き
え〜、皆さん、申し訳ありません。
いきなり何謝ってるんだコイツはと思うかもしれませんが第三話のサブタイトルが前に記載していたものと違うんです。
そのためのお詫びでございます。
第三話を書く前はシャムシエル戦までいけるかなと思っていましたが無理でした。
今後、このようなことがないように努力します。
感想、批判、待ってます。