そこは、昔、複雑に入り組んだ山地だった。
神奈川県最高峰といわれた蛭ヶ岳もここにある丹沢。
今は、温暖化などが進みその木々は多くが枯れている、禿山となってしまっている。
枯れた木を木と見ないとすればそこは少し大きめの木が多数生えている"ただ"の山地だ。
今現在、そこにはABの戦闘用指揮車と多数の職員、そしてエヴァンゲリオンが二機待機している。
離れた地には無人の大型航空機とその中にダミーが置かれている。
ダミーが暴れだすかと心配されたがダミーは何もせずただ、厳重な装甲檻の中で動き回っているだけである。
というのがさきほどミヨコさんからされた説明である。
生まれたときから第二東京の松代に住んでいたので丹沢なんという言葉は聞くのは初めてだった。
「使徒は現在進行中。明日の午前3時に到着予定よ」
現在時刻は11時半。
随分のろのろと歩いているのだろうか、使徒は。
「今、ここに集まっているけど作戦開始時にはN2爆弾の威力を考えてかなり後方まで下がることになるわ」
まあ、そりゃあそうだ。
敵を倒すつもりがこっちまで吹っ飛んだら意味がない。
「作戦を説明します」
ミヨコさんが静かに言い放った。
「まず、一機が使徒を誘導し、全てのダミーがN2爆弾の爆発範囲内に集め、爆破。本物だけになった使徒をもう一機が近接戦闘で殲滅」
言葉で言うならかなり簡単な作戦だな。
単純に言えばおびき寄せて、罠にはめて、倒す。
「まっ、そういうことね」
どうやら考えが口に出ていたらしい。
しかし、配役はどうするのだろうか。
まぁ、決まっているが。
俺が特攻す……
「配役はN2爆弾で爆破させる役はGtype。その後とどめをさすのがSStypeとなります」
なにっ!?
「ちょっと、待ってください!俺が……爆破させたほうが」
講義しようとした瞬間、ミヨコさんに睨まれ、レンさんが説明を始めた。
「この配役の理由はGtypeはもともと防御能力の高い機体であるためです。そしてユウキ君」
俺は無言でレンさんの方を向いた。
納得のいかない顔をしているのだろう。
レンさんの顔が少し呆れた顔に変わった。
「あなたにはダミーが消えた後の使徒を殲滅してもらいます。ちなみにN2爆弾の爆破により粉塵で敵が見えなくなる可能性があるので特殊なレーダーをつけておいたわ。後で確認しておいてね」
「分かりました……」
「じゃあ、二人とも準備した後は適当に休んで。いつでもエヴァに搭乗できるように。搭乗予定時間は一時を想定しています」
俺は頷き綾波は「分かりました」と答えていた。
プラグスーツに着替えている時、ずっと考えていた。
いかにして、俺が爆破する役にすり替わるか。
あるいはどうやって、作戦の配役変更を申し出るか。
いっそ、暴動でも起こすか。
いや、即拘束されて終りだな。
「ユウキ君、どうしたの?何か考えてるみたいだけど……」
うぉ、いきなり話しかけられてしまった。
結構びっくりした顔をしていたらしく心配されてた。
「なんでもないって。ちょっと、ボーっとしてただけだよ」
いつのまにか俺が着替え終わっていたらしい。
白地に淡い水色がカラーリングされたプラグスーツを着た綾波が近くのベンチに座ったので俺もその隣に座った。
ちょっとした沈黙が辺りを支配するがすぐに綾波がそれを破った。
「さっきは……ありがとう」
「えっ?……何が?」
唐突に礼を言われたので何のことだか分からなかった。
恩を作った覚えもないし。
「ほら、私の代わりに爆破役を頼んでたでしょ?」
なんだ、そんなこと……って。
一体、なんで俺、わざわざ自分が危ない役を買って出ているんだ。
答えが分からない。
だから、さっきのいかにして俺が爆破役になるかという考えはいつの間にかどこかへ消え去っていた。
「いや、その……うれしかったから」
綾波はそう言い、立ち上がった。その綺麗な蒼い髪がふわりとなった。
そして、俺に微笑んでくる。
俺はぼーっとしていた。
何度考えても――短い時間だったが――綾波には俺が爆破役を買って出たことがなぜうれしいのか分からなかった。
俺に吹っ飛んで欲しいのだろうか。
まあ、それはないだろう。
さすがに、そこまで残虐ではないだろうし。
「私のこと心配してくれてた……んでしょ?」
綾波は少し自身が無いように言った。
言われて見ればそうかもしれない。
N2爆弾の威力は知らないがおそらく使用を制限されるほどだからものすごいのだろう。
エヴァにはATフィールドがあるがその直撃を受けたのではタダではすまないと思う。
ましてや使徒が近くに居るということはATフィールドが中和領域に達することは十分に考えられる。
ATフィールドがないエヴァはただの装甲のかたまりと言ってもおかしくはないはず。
「そうかも……しれない」
つぶやくように言ったんだが何分綾波がいる距離が近かった。
はっきりと聞こえていたらしい。
「えっ自分で気づいてなかったの?」
「うん、夢中で……」
少し笑みを浮かべると綾波は急に惚けた顔になり頬を紅くして俯いた。
俺、なんか変なこと言ったか?
綾波は俺の方を見ようとしたりやめたり、また見ようとしたりを繰りかしていた。
行動の一つ、一つが激しいな。
「そ、そろそろ時間じゃない!?」
声を裏返してそう言ったから俺は思わず笑ってしまった。
決戦前だというのに俺は悠長だった。
「わ、笑うなぁ」
ムスっとした顔で少し柔らかに睨んでくる綾波。
しかし、そのときだった。
『エヴァパイロット二名はすみやかにエヴァへと搭乗してください。繰り返します。エヴァパイロットは……』
アナウスが流れた。
いよいよ、決戦のときが来た。
俺も立ち上がる。
先を行く綾波に俺はもう一度少し大きな声で言った。
「綾波、もう一度言うよ。作戦の配役を変わってくれないか?」
そういうと、綾波は振り向きなんとも気持ちのいい笑顔をしたあと目の淵を下に引き舌を出された。
俗に言うとあかんべーだ。
「ダメよ」
優しく言われた。
俺はもう反論する気すら失せた。
だから、俺も目一杯の笑顔で返した。
「気をつけてな」
「うん」
そう言って俺たちは各搭乗機の方へと分かれた。
その使徒『ラシエル』はノソノソと廃れた丹沢山地を侵攻していた。
同じようような外見の分身を大量発生させて侵攻する姿は気持ち悪かった。
しかし、それは『夜』という暗闇にまぎれて確認しづらくなっている。
目のような部分が怪しく紅く光っている。
時間はすでに一時を過ぎている。
ユウキとレイはそれぞれのエヴァに搭乗し、発進を待っている。
『ユウキ君、レイ。そろそろ使徒は接近してきたわ。用意はいい?』
「はい、問題ありません」
レイはすらっと答える。
だが、ユウキは未だに迷っていた。
強引にでも配役を入れ替えることは可能だ。
N2爆弾を無理やりにでも先に持ち出撃すればいいだけの話。
『聞こえてる!?』
ミヨコがユウキに怒鳴る。
そのときユウキはようやくミヨコがしゃべっていることに気がつく。
「あっ……ああ、はい。大丈夫です」
ミヨコはしばらくユウキのことをジト目できつく見ている。
尚のことユウキは上の空で考え込んでいる。
ミヨコの視線には気づいていないようだ。
そのとき
『ユウキ君?』
「……あぁ、ごめん。考え事してた」
レイとミヨコ二人が黙ってユウキを不審の目で睨みつけた。
それでも、考え込んでいるユウキに業を煮やしたレイは
『……私なら大丈夫だから』
「えっ……」
不意を突かれたユウキは口から腑抜けた声を出した。
明らかにレイの言った言葉はユウキの考えの中核を射た。
『心配しないでいいから……だから、ちゃんとしろ!』
レイは最後怒鳴って無線を切った。
呆気に取られていたユウキだったがすぐに前を向き真剣な表情になる。
『準備はいい?ユウキ君』
『はい!』
今度は実に綺麗な返事をする。
迷いは晴れたといった感じである。
『では、"エクス・N2・プロージョン作戦"を開始します!』
作戦名のエクス・プロージョンは爆発、NはN2爆弾の意味であろう。
ミヨコの一言とともに一斉に辺りに緊張が走る。
失敗は許されない。
二度目もない、一度限りの大作戦である。
レイの乗るGtypeの手にはN2と書かれた筒状のものがある。
それが"N2爆弾"である。
対してユウキが乗るSStypeの足元には細長い槍のような武器が置かれている。
中距離接近戦闘用の槍『グングニル』という新型の武器である。
2015年の使徒戦役で使われていた槍の武器『ソニック・グレイブ』を改良、強化した武器である。
刃の先に超振動の部分があり切ることよりも突くことに長けている武器である。
SStypeはそれを取る。
『全車後退!各自N2爆弾に巻き込まれない位置まで撤退して!』
ミヨコが無線越しに叫ぶ。
無線を耳につけていた者はさぞかし耳が痛くなったであろうと思うぐらい大きな声だった。
戦闘用指揮者がそれにあわせてエヴァの後方かなり遠くまで下がる。
ユウキの乗るSStypeも後退する。
いくらATフィールドがあるからといってもその威力は計り知れない為である。
そしてGtypeだけがその広い土地を歩いている。
その幾らか先には黒い集団があった。
ラシエルである。
ラシエルは自分に近づいて来るGtypeに気がついたのかその侵攻スピードを多少速め、その分身たちを広げるように展開する。
それでも進むことをやめないGtype。さらにそのスピードは速くなりもはや走っているのとあまり変わらない。
俺はエヴァの中でずっと考えていた。
作戦が開始されたその後も。
なんで俺が、あんなに必死になって特攻役を。
自分で危ない役を。
綾波の代わりを。
買って出ようとしたのか。
答えは簡単なのかもしれない。
でも、今の俺にこの答えを出すことができるだろうか。
俺の目にはもうすぐ、敵と激突するであろうGtypeが見える。
今の俺には、それを見ていることしか。
綾波の無事を祈っているしかない。
それしかできない自分がひどく憎らしい。
目の前にいたら蹴っ飛ばしているところだ。
このまま、永遠に時が止まってくれればいいとさえ祈っていた。
しかし、時と神は残酷でありその瞬間が訪れた。
『全員衝撃備えて!』
ミヨコさんのその声と共に俺はGtypeと使徒の黒い集団が光に包まれるのを見た。
大地が振動するのを肌で感じた。
レンさんが言っていた粉塵が視界を遮るからといって取り付けた特殊レーダー以外の画面が砂嵐に消えるのを見た。
この砂嵐は本当の粉塵であり、それが律儀にも役目をしっかり果たしているモニターに映ってしまっているだけである。
俺はレバーを握り締めた。
特殊レーダーを頼りに使徒まで全速力で走るイメージをエヴァに送り込む。
やはり、モニターには煙、粉塵がエヴァSStypeが走ることによって作り出す風によって後ろに流れる光景が映し出される。
しかし、それも長くは続かずある一つの影が見えた。
丸い、のっぺらいと言うのだろうか、そんな感じの影だ。
それは間違いなく今回の使徒だ。
俺の勘がそう告げる。
今の装備品である神話の伝説の槍の名を付けられた『グングニル』を突き刺した。
…………。
手ごたえがあった。
グチョっという音まではしないが固形を貫いたときの少しの抵抗があった。
果たしてその手ごたえは全ての分身共通か。
もしくは、本物特有の手ごたえなのか。
俺には判断できない。
次のモーション待ちだった。
俺にとっては長い――本当はほんの数秒だったのだが――時間が経過した。
無線から声がした。
『パターン青消滅……使徒の殲滅を確認!』
最後の声は上ずっていたがそれも分かる。
瞬間、俺の心以外はどうやら歓喜に包まれていたようである。
俺は膝たちするイメージをし、SStypeを膝たちにさせる。
そして、エントリープラグを中から排出させ、外に出てGtypeの元へと向かった。
自分でもよく分からなかった。
何故、今自分がGtypeの元へ、それに乗っている綾波の元へと向かっているのか。
ただ頭より先に体が動いていた。
装甲がまるで焼けただれた人間の皮膚のようになり衝撃で倒れているGtypeによじ登った。
このときばかりは秀才ではなく、体力派でよかったことを感謝した。
緊急用のエントリープラグ排出のスイッチを押す。
エントリープラグは勢いよく排出され、中を満たしていたLCLが外に飛び出す。
Gtypeが仰向けに倒れてくれててよかった。
パイロットが地面に落ちなくて済む。
ハッチを開け中を覗き込む。
「綾波!……生きてるか?」
俺はおそる、おそる目を閉じている綾波に問いかける。
しばらく返答が帰ってこなかったが急に目を開けた。
「……ユウキ君?」
「よかった……無事で」
一気に肩の荷が下りたような感じがした。
それが、分かったのか綾波は微笑し
「ごめん、心配かけて」
「まったくだ。心配かけて」
俺は立ち上がらせるため手を差し伸べた。
綾波はそれを取り、ゆっくりと立ち上がった。
だが、そのときだった。
頭の中にある光景が思い浮かんだ。
その中ではやはり、綾波に手を差し伸べていた。
それが誰だかわからない。
しかしこの目線から行くとどうやら俺ってことになってるらしい。
……異なる点を今一つだけ見つけた。
現実世界の綾波は表情が豊かであった。
俺の頭ん中の光景では綾波は顔色一つ変えてなかった。
もっと続くかと思われたその光景はすぐに消えてしまった。
原因は
「ユウキ君?」
すでに俺たちは地面に降りていた。
つまり、俺が無意識にも綾波と一緒に地面に降りていたからである。
「……本当は少し怖かったの」
「えっ?」
ミヨコさんや救護班やらが指揮車で迎えに来てくれるのが見え、そちらに歩いていくときだった。
不意に綾波がそう呟いた。
「相手の分身を消し去る役……」
「あぁ……」
そりゃあ、怖くないはずなんてない。
だって、死ぬかもしれない行動を作戦といえどするのだから。
「でも……ね。こう思ったの、これをやりきれば皆を守れるかなって……」
その顔には後悔の念などなく、作戦が無事終ったことの緊張感と安堵が入り混じったようだった。
"皆を守れるから"か……。
俺はあることが気になり、聞いてみることにした。
「綾波はなんでエヴァに乗ってるの?」
この質問に綾波は一瞬だけ「えっ?」というような顔をしたがすぐ微笑し
「それ前に聞いたでしょ?」
といわれた。
いや俺は聞いた覚えなどはないが。
「まっいいけど。皆を守るためって前にも答えて……ってあれ?私もこれ答えた覚えが……」
今度は俺が笑う番だ。
思いっきり笑ってやった。
「も、もう!笑わないでよっ!」
怒る綾波だったが俺はこう言う。
「綾波……守ってくれてありがとう」
ちょっと照れくさかったが、綾波は輝くような笑みの顔でこう答えてくれた。
「どういたしまして」
To be continued
次回予告
ヒトが生まれたときからあったもの。
それは、破壊と殺戮。
今でも続くその連鎖。
目の当たりにしてから分かるその悲惨さを思いしることになる。
ラシエルという使徒は竜巻を司る天使らしいです。
まあ、ほんのちょっとだけソレっぽい攻撃でしたよね?
前話と同じくユウキ君とレイの交流を描いた感じですが。
感想、批判待ってます。