新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側

第九話―分けられたる者―




学校のある場所で水しぶきが上がる。
その場所はただ一つしかなく『プール』である。
日本がセカンド・インパクトで負った物として『常夏』がある。
呼んで字のごとく日本は一年中休まず夏になってしまったのである。
よって小学校、中学校では体育に水泳を取ることが多かった。
第4新東京市の第壱中学校もその一つである。
「俺泳げないんだよな……」
海パン姿のユウキの隣で同じく海パン姿のトシヤがつぶやいた。
それを聞いたユウキが少しバカにするように嫌らしく微笑した。
「おい、笑うなよ。しょうがないだろ?」
「せっかく、一年中夏なんだし泳ぎくらいマスターしろよな」
「お前はどうなんだよ」
「俺はバリバリ泳げるぜ」
そう言ってユウキはプールに飛び込む。
ちなみに学校のプールは飛び込み禁止なはずだが。
あいにく先生は見ていないようである。
「おい、トシヤ。入らないのか?」
プールに入らず泳いでいる他のみんなを見ている。
泳げないのは本当らしい。
業を煮やしたユウキはトシヤの足を掴みプールに引きずりおろした。
「うわっ!……」
大きな水しぶきを上げトシヤはプールに落ちる。
それを笑うユウキ。
足が完全に届くぐらいしかない深さなのに、自ら溺れているようなしぐさを必死でしているトシヤを見てなおさらおかしかったようだ。
しかし、そのときユウキの眼あるものが映った。
水着に着替えているが見学者用のベンチで休んでいる少女の姿がいた。
髪はしっとりと濡れている。
見慣れた少女であった。
ユウキはテンションを一転させてプールから上がる。
そしてその少女が座っているベンチへと歩いていった。
その少女もユウキに気づいたらしい。
「綾波、どうしたんだ? プール入らないのか?」
「さっきまで入ってたんだけど……私あんまり体育とか得意じゃなくて……」
微笑しながらユウキに言う。
ユウキも苦笑しながら一間隔開けて座る。
目の前では男女が多種多様に泳ぎまわっている。まあ、泳いでいない生徒も少々いるが。
「あのさ、この前ありがとな」
「えっ?なにが?」
「この前、夜……俺に電話してくれただろ?」
「うん」
未だレイは不思議そうにユウキの話を聞いている。
自分が電話したことがそんなに役に立ったかというような顔をして。
「じ、実はさ、この前電話してくれた日、俺の誕生日だったんだ」
「そ、そうなんだ」
レイは多少驚いた顔をする。
ユウキは何かに気づいたのか言葉をつなげる。
「あっ、これは内緒だぜ?誰も教えてないから」
「えっ、じゃあ、何で私に?」
「いや、なんとなく。教えておいたほうがいいんじゃないのかなと俺の勘が」
ユウキは知らず知らずだが顔が赤くなっていた。
それを見たレイがクスっと笑い頷く。
ユウキがそれを見てプールに戻ろうとしたときだった。
突如ユウキだけでなくみんなの耳にもつんざくようなけたたましい音が響いた。
緊急非難のサイレンである。
「水島君!」
レイがベンチから立ち上がりユウキの近くに行く。
ユウキもそれに反応し振り向く。
「使徒だ……先生!先に避難します!」
ユウキとレイはすぐに更衣室へと向かい着替えてAB本部へと向かった。



ABでは先ほどからうるさいほどに警報や電子音、人間の声がこだましていた。
「使徒はどこに現れたの!?」
ミヨコが状況を把握しようと近くのオペレーターに話しかけるがそこにはパターン青の反応が第4新東京市の各所から複数検出されていたのである。
「ど、どういうこと!?使徒がこんなに」
使徒は情報から予測して一回に一体で現れるということになっている。
つまり、このように複数の使徒の反応が現れるというのはあまり考えられていない事態であった。
それ故にABでの対応が遅れたのである。
「どういうことなのよ。レン!」
ミヨコが自身も席に座りコンピューターのキーボードを忙しく叩いているレンに聞く。
レンはまったくキーボードを叩くスピードを変えずにそれに乱暴に答える。
「知らないわよ!私に聞かないで頂戴!」
「エヴァ両機、発進スタンバイOKです!」
一人のオペレーターがミヨコに告げる。
ミヨコはカズヒロが座っているところへと振り向く。
カズヒロは無言で頷く。それは発進させろというサインだろう。
「ただちにSStypeとGtypeを発進!使徒を殲滅させて!」
「了解!」



「使徒がこんなに……敵も物量作戦に出たのか?」
俺は今エヴァSStypeのレーダーを見て素直に感想を述べた。
少なく見積もっても15は軽く超えるほどの使徒の反応が確認されていた。
話によれば使徒は――使徒戦役時では――それぞれ一体ずつで出現し他の使徒を連れてくることなどはなかったらしい。
とんだイレギュラーがいたもんだ。
『いい?レイと協力して一体ずつ確実に仕留めるのよ?」
「わかりました。敵の攻撃方法などは?」
『現在わかっているのは移動だけで攻撃はわからないわ。すまないわね』
『ユウキ君、話してても仕方が無いわ。素早く殲滅しないと後が持たないわ』
モニターのミヨコさんの画面の右上に綾波の顔が映った。
今回の戦いでは綾波の乗るエヴァンゲリオンGtypeが一緒に戦ってくれるらしい。
まあ、パイロットだからいつまでも寝てるわけではいかないよな。
二機とも小型のサブ・マシンガンを一丁持ち、一番近い使徒の反応があるところに向かう。
そこには、ただ何もせず、ただ突っ立っているだけである。
それはどこか真っ黒く、少し灰色を帯びた顔のようなものがあるのみである。
海坊主のようでもある。
俺はその変な使徒と対峙した。
使徒は何もしてこない。どこも、見てもいなそうだ。
まあ、使徒が何かを『見る』という行為をすること自体するのか分からないけど……。
「何もしてこないな……」
『遠距離から攻撃を仕掛けてみて? レイもいいわね?』
『了解しました』
右手で構えていたサブ・マシンガンを前に構えトリガーを押す。
そのマシンガンから無数の弾丸が発射される。
すごい勢いで発射された弾丸は確実に使徒に命中する。
弾丸が当たった使徒は、まるで掻き消えるかのように"消えた"。
俺はその光景がにわかに信じ難い光景であり、使徒がどこかに移動したのかと考えた。
だって明らかに抵抗がなさすぎだろ?
「ミヨコさん使徒は消滅したんでしょうか?」
『レーダーからもあなたの目の前にいた使徒の反応は消滅したわ。続けて殲滅に当たって』
「わかりました……なんか」
弱いな。
純粋にそう思った。
ATフィールドを展開せずさらには攻撃もしてこない。
ただゆっくりとその歩を進めているだけである。
『なんか張り合いがないなぁ』
無線越しに綾波が愚痴を言っている。
俺もそれには同感だ。
マシンガンで数発攻撃するだけで消えるように消滅する使徒。
まあ大量にいるのがウザったいのだが。
俺がそう思った瞬間だった。
轟音とともに俺は地面にたたきつけられる感覚に陥った。
「!?」
驚いて声も出なくなっていた。
というか、何が起きたんだ!?
綾波にでも誤射されたか?
いや、それなら綾波から無線があるはず。
じゃあ、なんだ?
微かに左腕が痛い。左側から攻撃を受けたようだ。
『ユウキ君!大丈夫!?使徒の攻撃よ!左斜め45度に確認したわ!』
ミヨコさんの声でようやく状況を理解した。
今まで何もしてこなかった使徒が攻撃を仕掛けてきたということに。
俺は右手のマシンガンを左にいるはずの使徒に向かって発砲した。
なんとか立ち直り使徒の姿を確認したとき使徒はもうすぐ消えるところだった。
以外とあっけない。
というか、なぜ今になって攻撃をしかけてきたんだ?
俺を攻撃するなんてことはこの数の使徒なら余裕だろう。
『うぐぁ!』
無線越しに綾波の悲鳴が聞こえる。
どこだ!?
レーダーを見るとすぐ近くにGtypeを確認した。
近くの使徒二体にまばらに弾丸を放つ。
やはりすぐに消えてしまった。
「大丈夫か?」
『え、ええ。でも、なんでいきなり攻撃を……』
綾波も俺と同じ感想を漏らした。
明らかにおかしい。
『ユウキ君、レイ。一時撤退して』
いきなりの撤退命令。
俺はその理由を聞いた。
「どうしてですか?使徒は結構簡単に消滅していますが?」
『使徒は増え続けているわ。一匹倒せば一匹増えている。それに大変なことがわかったわ』
「大変なこと?」
『とりあえず撤退して』
「わ、わかりました」
俺のSStypeと綾波のGtypeはAB本部へと戻った。



AB作戦室
ここは作戦室であり、作戦課の職員が主にいる場所である。
戦闘後の処理はここで行うことになっている。
時間がある場合の作戦の考案、立案などもここで行う。
そこにパイロットスーツのままのユウキとレイ、さらにミヨコとレンがいる。
「で、一体なにがわかったんですか?」
ユウキは先ほどの"大変なこと"が気になってしょうがないようだ。
今もなお街に使徒が大量にいると考えると落ち着きが無い。
それとは打って変わってレイは冷静に状況を判断しようとしている。
「今現在、街に大量にいる使徒はある一体を除き全てが"ダミー"よ」
レンが静かに言った。
そしてモニターにある映像が映る。
それは先ほどSStypeとGtypeが使徒の攻撃を受けたシーンの静止画だった。
「あなたたちを攻撃したのはその無数にいるダミーの中の一体、つまり本物と呼べる使徒ね」
「ということはその本物を倒さない限り、ダミーを倒し続けても意味がないということですね」
レイが静かに言った。
ミヨコがそれに頷く。
ユウキが付け加えて質問する。
「その敵のダミーが減ったとき増える間隔は?」
「約5秒よ。でも、そんな短い間に全てのダミーを倒すのは理論上は不可能ね」
ミヨコがユウキが聞いた間隔以外にユウキが聞こうとしたことまでも説明してくれた。
しかし、それはユウキを少し早く落胆させるだけであった。
しばしの間作戦室に沈黙が走る。
だが、それも少しの間だった。
口を開きこの沈黙を壊したのはレンだった。
「……方法がないわけでもないわよ」
ミヨコがレンが何を言うかわかっているのか顔を背けた。
ユウキはレンの言葉に食いつく。
「あるんですか!?対抗策が?」
ユウキの顔は輝いていた。
だが、対照的にレンやミヨコは暗い影を落としていた。
「……その方法は、N2爆弾を使い、ATフィールドを使うことができないダミーを全て消滅させる。そして本物一体だけとなった使徒を殲滅する」
「場所は丹沢、エヴァの足で歩いて約15分の位置にある場所……知ってるわよね?」
ユウキはいきなり質問を投げかけられたので困惑し、バツの悪そうな笑みを浮かべる。
そして、視線を横にいるレイに向けた。
レイはその視線に気づきあきれた顔をしながらも「はい」と答えた。
「丹沢ってところにはどうやって使徒をおびき寄せるんですか?」
「いい質問だわ。さっきの戦闘で今回の使徒はダミーを作ることがわかった。だけど複数で責めているわけじゃないの」
「つまり、ダミーと本体はつながっている。さっきの戦闘では攻撃して消滅させることしかしなかったけどダミーを捕獲後、その場所まで空輸するのよ」
レンとミヨコの二人がそれを言う。
"ダミーが消滅すること"それが本体がダミーに使用していた自らのエネルギーを再び吸収し、再度ダミーを生み出すという繰り返し作業である仮説が立てられる。
その根拠としてダミーがエヴァ二機の攻撃によって消滅したとき微弱なエネルギー波が消滅した場所からどこかへと消えてしまっている。
徐々に消えてしまうので本体の位置を特定するということはできなかったのだが。
「でも、この作戦ではどちらかのエヴァが囮になる必要があるわ」
ユウキが眼を見開き、口をポカンと開ける。
レイも予想外だったのか驚いた表情になっている。
「今現在存在しているN2兵器は爆弾のみ。ほかは全て国際連合平和条約によって破棄されてしまったから」
国際連合は2025年に世界から争いをなくすため特定の条件下以外でのN2兵器、BC兵器、核兵器、一定の威力を持つ重火器の使用を禁じた。
それ故に緊急用に保管されているN2兵器は少なく、かつ爆弾しか残されていない。
「じゃ、じゃあ、N2爆弾を今ある地雷に組み込めば!?」
「それも禁止されているわ。新たな強力兵器への転用を防ぐためにね。さっき言った禁止されている武器の使用方法も制限されていてありのままでしか使えないのよ」
「得体の知れない使徒が責めてきているんですよ!?そんなこと言ってる場合じゃ!」
「あの条約の保守レベルは最高レベル。それを締結したときには使徒がもう一度やってくるという情報はなかったから仕方ないわ」
保守レベル最高の条約を破った場合、現在の国連での処罰は『政治的制裁』。
現在、日本に政治的制裁を加えられたら簡単に使徒によって陥落してしまうであろう。
「空中から落とせば?」
「使用制限に引っかかるわ。おそらく、空だとどこにでも運べるから」
そのとき、ユウキはミヨコとレンが何故、暗い顔で話しているのかを悟った。
空輸もできない。
地雷にもできない。
ということは直接ぶつけるか、ランチャーのようなものの弾にするしかない。
加工はできないというのだからランチャーの中にそのまま内蔵することになり、暴発すればその場が吹き飛ぶ。
直接ぶつけるといってもそんなことをしたらぶつけたものが木端微塵になってしまう。
「そういうことか……すみません、いつまでも気づかずに……俺がやりますよ。綾波がその隙に」
ユウキがそこまで言ったときだった、レイがユウキを制した。
それに最も驚いたのはミヨコでもなく、レンでもなく、ユウキだった。
「あ、綾波!?」
「ここは私がやるわ。あなたのエヴァより私の方が防御型だから」
眼を見開く、ユウキ。
そして、抗議する。
「ダメだ!俺の方が……!」
しかし、ミヨコがそこで作戦を通達する。
「まず、ダミーを捕獲する戦闘機をエヴァ二機が防衛、その後は高度をギリギリまで上げ丹沢へと空輸します。そして、本体が侵攻してくる前に準備を整えます」
「他の指示は追って通達するわ。それまで休んでて」
「はい」
レイは素直に従うが
「ミヨコさん待って!!俺に、俺に爆弾を使わせてください!お願いします」
ユウキは眼をつぶり頭を下げるが
「追って通達するからそれまで休んでて」
と言い残しレンと一緒に作戦室を出て行った。



俺は、惨めだった。
綾波の代わりに大胆に吹っ飛んでやろうかと思った。
いや、ATフィールドで多少は守れるから、ものすごい痛みで済むんだろうけど。
「ユウキ君、ごめん」
綾波が作戦室から出て一旦着替えた後休憩室で二人で休んでいるとき急に謝ってきた。
俺はその理由を聞いた。
「なんで、綾波が俺に謝ってんだ?」
「えっ?えっとぉ……ほ、ほら、せっかく危ない役を引き受けようとしてるのに私がでしゃばっちゃって」
レイが苦笑しながら答えている。
「まだ、分からないって、ミヨコさんは何にも言ってなかったんだから」
そうだ、綾波を突っ込ませるなんて一言も言っていない。
だが、それは綾波を突っ込ませないというのも一言も言っていない。
つまり、どっちが突っ込むかはミヨコさん次第。
『水島ユウキ、綾波レイの両名は至急機体に搭乗、発進準備を開始してください』
アナウスが流れた。
おそらく、捕獲するための大型戦闘機の護衛でもするのだろう。
当然、自分の体の一部が離れたところに行ってしまうのだから慌てて本体はそっちに向かうだろう。
まっ、この仮説があっていればな。
俺は心の奥底でこの仮説が外れてこの作戦以外が取られることを願ってしまった。
「行きましょう?」
レイが俺を促す。
俺はたぶん、しょうがなさそうに休憩所のベンチから腰を上げたに違いない。



『いい?相手の目を引くのが作戦の目的よ。間違っても殲滅しようなんて思わないように』
ミヨコさんの声が無線越しに聞こえる。
殲滅したいさ。
でも、さっきの話と説明を聞いたらそれができないってことは小学生でも分かるだろう。
『聞こえてるの、ユウキ君?』
「はい……分かってますよ。航空隊を支援すればいいんですよね?」
『そうよ。航空隊がダミーを一体回収後、高度を上げて丹沢方面まで移動するわ』
「了解」
街には相変わらずダミーが大量に発生しており、気持ち悪い情景を演出してくれている。
今回は両手にサブマシンガンを持ち、街へと出た。
適当なダミーに発砲しては、また別のダミーへと発砲する。
二機がこれをすると十分すぎるほど使徒達の注意を逸らすことができた。
というもののダミーを回収する航空機には使徒は目もくれずエヴァへと向かってきている。
「綾波、右!」
Gtypeの右側に迫っていた黒い物体がGtypeの放った弾丸により消滅する。
俺も近くの黒い物体に発砲する。
音もなく、黒い物体は消滅していった。
そして、視界の端で航空機が二機飛んで行くのが見えた。
成功したのか。
それとも、失敗しておめおめと引き下がったのか。
俺は後者を心の奥底で少しだけ希望した。
しかし、それはやはりミヨコさんの声で水泡に帰した。
『レイ、ユウキ君。作戦は成功したわ。すぐに戻って!』
今、俺が航空機を撃ち落せば作戦が変わるかと思ったがあまりにも馬鹿げている考えだと自分で苦笑した。


To be continued


次回予告
決戦の時が近い、AB。
綾波レイの特攻役に苦悩し、交代を要求するが
そして、作戦の行方は……


後書き
ユウキ君大はしゃぎww。
レイとユウキ君の交流がテーマな回であります。
今回の使徒の名前は次の回で説明したいと思っています。
名前はちゃんとついてます。
ちょっとこの回ではそれについての説明を挟む余地があまりなかったからです。
感想、批判待ってます。