新生希エヴァンゲリオン未来の向こう側

第五話―未だ、始まらず―




消毒液特有のにおいと共に俺の意識は現実に戻ってきた。
目を開けるとそこには白い天井が広がっていた。
ここが病院だということが理解できた。
気分が最悪だ。
まるで、風邪が治りきってないのに無理やり長距離走に出た感じだ。
左を向くとカーテンが風になびいていた。
そこから、朝陽と思われる光が入りこんでいた。
病室が白いこともあって完全に目が開けられないほど眩しかった。



発令所
「ユウキ君の意識が回復したそうよ?」
発令所にいるレンがミヨコにそう伝えた。
現在ミヨコはW号機の回収作業をしている。
いや、回収作業は終っているのだから後始末か。
戦闘があった現場へと向かっている。
『で、様態はどうなのかしら?』
「命に別状はなし……多少気分が優れないそうよ」
『エヴァの拒絶反応なの?』
「いえ、その心配はないわ。初めてのことの緊張と疲れよ。それより、今から彼に二、三質問しに行くけど何か聞いておいて欲しいことは?」
『……特にないわ。乗った感想とかは聞く予定でしょ?』
「当然ね」
レンがそう答えるとミヨコの方から無線を切った。
座っていた椅子から立ち上がるとレンは発令所を出た。



あの後医者のような格好をした――実際医者だったが――人が来て色々検査され、質問もされた。
異常無しということらしい。
いつの間にかさっきのだるい気分もどこかに吹っ飛んでいる。
一人、人が来るからここで待っていろといわれたので大人しくベッドに座って待っていることにする。
10分ぐらいだろう。時計がないから分からないが一人の女性が部屋に来た。
どこかで聞いたことのある声だ。
顔だけで判断すれば20代後半か……。
「どう、気分は?」
「もう、大丈夫です……さっきのだるい気分も治りましたから」
「それはよかったわ。私はここ『Apostle Buster』の技術部所属の矢藤レンよ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
長い綺麗な黒髪に整った顔立ち美女と言っても過言ではない容姿であった。
しかし、目がキリっとしていてきつい性格のような人だ。
「二、三質問したいけどよろしいかしら?」
「……構いません」
レンさんは紙を挟んであるボードのようなものとペンを取り出すと質問を始めた。
「まず、エヴァに乗った感想を聞かせて」
感想……と言っても実際初めの少しぐらいしか記憶はないのだが……。
「えっと……なんていうか、まあ普通でした」
「普通とは?」
なんて表現したらいいか分からん。
少々考えた挙句思いついた答えを口から出した。
「う〜ん、昔乗ったことがあるようなないような……そんな感覚はありました」
そうだ。
あれは確実に既知感、デジャヴと言ってもいい。
レンさんは紙に何かを書いている。
俺の答えでも書いているのだろう。
「次に、昨日の戦闘……どこまで覚えてる?」
俺は聞いた瞬間に変な質問だと思った。
なぜなら、戦闘をした人間にとってその戦闘をまったく覚えていないということはないからだ。
意識がなく無意識のまま戦っていたならば話は別だが。
しかし、実際俺は戦闘の途中で意識が飛んだから記憶があるところまでを話した。
「……敵の攻撃が腹部に当たったときまでです。そこからはここの病室で目覚めるまであまり覚えてません」
また、紙に書いている。
そして、ボールペンを着ている白衣の胸ポケットに引っ掛け、ボードを膝の上に置いた。
書く必要がないということはもう質問は終ったのか……。
そう考えていると『最後に……』とレンさんは俺に質問をした。
「あなたはもう一度エヴァに乗ることができるかしら?」
聞いた途端、また何を言っているんだと俺は思った。
乗りかかった船だろ……今更、無責任に乗りたくないなどとは言えない。
それに
「俺を……第4に呼んだ理由は元々これだったんでしょう?それに、乗りかかった船ですから、乗りますよ」
俺はたぶん、笑顔で活き活きと言っているではないだろうか。
そりゃあ、死ぬかもしれない闘いには正直行きたくはない。
だけど、おそらくこれが俺の運命なのだろう。
「本当にそう思ってる?」
俺は繰り返した。
「はい、乗りたい……って積極的に思っているわけではありませんが」
苦笑気味に言ったつもりだ。
レンさんは俺の回答に満足したのか退院のことを少し話すと部屋を出て行った。
つかの間の沈黙が部屋を支配するがすぐに別の人間が入ってきた。
それは、さっき高羽さんに会ったときにいた20代ぐらいの黒髪の女性だった。
「どう気分は?」
さっきから同じ質問を受けているのだが……。
「もう、大丈夫です」
「それは結構、早速だけどあなたに見てもらいたいものがあるんだけどいいかしら?」
「はい、分かりました」
返事はしたもののまだ彼女の名前を聞いていなかった。
「あのぅ、なんて呼べばいいのでしょうか?」
「私?ああ、自己紹介がまだだったわね、私は坂中ミヨコよ。よろしくね」
あれ、坂中って、確か……。
「もしかして、坂中エリさんて知ってます?」
俺がそう聞くとミヨコさんは微笑しながら
「知ってるも何も私の妹よ? なんであなたが知ってるの?」
そう言いを顔を寄せられる。
初対面でこうまでするか普通……。
だが、そのときだった。

黒髪……黒い瞳。
俺にはまた変なビジョンが見えた。
一人の少年が黒髪の女性――ミヨコさんに多少似ている――と二人で歩いたり話したりしている様子だった。

しかし、それもすぐに終わり元の現実に戻される。
マジメに精神科に行った方がいいだろうか。
俺はそんなことを考えながらミヨコさんの質問に答えた。
「えっと、避難しようとしたんですけどそのときシェルターの場所が分からなくて偶然教えてもらったので。その子に」
「ふぅん……まあ、いいわ。こっちよ、付いてきて」
俺とミヨコさんは病室を後にした。



発令所
そこには巨大なスクリーンと少人数の職員が席に座っていた。
スクリーンにはこの前戦った使徒の映像やW号機が映っていた。
解析でもしているのだろうか。
「来たわ。初めて頂戴」
そう、ミヨコさんがそう言うとスクリーンの表示が変わりW号機とこの前の使徒か、あれは。
いるのは第4新東京市内だ。
「ミヨコさん、一体何を?」
俺が質問すると見てれば分かるといわれた。
そう言われた通り見ていると再生されたのか使徒はゆっくりとW号機に近づいて来る。
そして、W号機は近くのビルに隠れた。
その瞬間、俺はこの映像が一体なんなのかを理解した。
前回の闘いのVTRか……。
正直、前の闘いは途中で意識を失ってから知らなかったため後半戦はかなり新鮮だった。
というより驚いた。
W号機は一度戦闘不能に陥ったかに見えたが突如再び動き出し使徒をあっという間に倒してしまったからである。
俺はたぶんポカンとアホみたいに口を開けて見入っていたからだろう。
ミヨコさんが話しかけてきた。
「どうだった?」
「その……なんていうか、後半戦はすごいなと思いました」
なんか、稚拙な発言だなと言った後感じた。
そうだ、後半戦のW号機はがむしゃら……だが戦い方は計画的であるそれを実行する身体能力も発揮していた。
「あれを貴方がやったのよ? 自身を持ちなさい!」
俺はその言葉に苦笑いを浮かべたがその言葉はただ俺を勇気付ける言葉でしかなかったのはわかった。
前回の戦闘中、特にW号機が目まぐるしく活躍したときにはすでに俺の意識がないことはここの人間なら分かっていたことだ。
つまり、俺を勇気付け、これからもエヴァに乗ってもらうための布石なのである。
「はい、そうですね……俺がやれるんだったらやるしかない」
そんな言葉に誘われたからではなく、これは今の俺の本心だ。
目の前で女の子が苦しんでいたら助けたくなるのが男ってもんであろう。
「うん! その意気、その意気!」
ミヨコさんは笑う。
その笑顔は本物だったが俺はどうも本心から笑うことができなかった。




あの後一応の退院が認められた俺は綾波の見舞いへと向かった。
ミヨコさんに部屋番号を聞きそこに向かう。
ネームプレートに『綾波レイ』と簡素に書かれた部屋を俺はノックした。
『誰?』
その声は昨日よりか元気のある声で少しばかり俺を安心させた。
「水島だけど……入っていい?」
『水島って……ユウキ君?』
「うん」
「どうぞ」
了承の声を聞き俺は扉を開いた。
扉を開くと普通の病院の病室より少し広い程度の白い空間が広がっていた。
かなり簡素であり左にはただの真っ白い壁しか見えない。
目の前の奥の壁には少し大きめの窓があるいがそれだけだ。
そして、右にベッドやらパイプイスやらあるだけである。
そのベッドに蒼髪の少女がこっちを微笑しながら横たわっている。
俺はそのベッドに近づいた。
「どうしたの?」
「どうしたのって……見舞いのつもり……だけど」
「ふぅん……朝になってるってことは勝ったの?」
「うん、そうみたいだな」
未だに実感が湧かない。
何しろ記憶がないんだからな。
「バカ」
「えっ?」
いきなり人を罵倒するでない。
悪いことだから良い子の皆はしちゃダメだ、もちろん悪い子もだ。
「死ぬかもしれないのよ?……分かってるの?」
綾波は怒っていた。
もちろん、俺にだ。
自分の命を顧みず、エヴァに乗り使徒と戦ったことを。
「分かってるって言ったら嘘だ。でも、目の前で人が苦しんでいたら何かしたいと思うのは当然だろ」
綾波の眼を真っ向から見た。
その燃えるような紅い瞳には俺が映っている。
しかし、綾波が顔を背けたのでそれは見えなくなった。
「じゃ、じゃあ、私の為に乗ってくれたって……こと?」
「ま、まあ、そうなるかな」
なんか、言ってるこっちが恥ずかしくなり俺も顔を背けた。
心なしか顔が熱い。
風邪でも引いたのだろうか?
「退院はいつごろになるんだ?」
「わからないけど、歩けるようになったらもう」
「なっ、ちゃんと治せよ!」
「そうも言ってられないわ。使徒が本格的に攻めて来るんだから」
使徒は一体だけじゃないんだということを知りつつもまだ見ぬ次の使徒に激しい憤りを感じた。
「そんな使徒、俺が倒す」
「えっ?」
綾波から腑抜けたような声が返ってきた。
「だから、綾波はゆっくり休めよ、じゃっ」
俺は逃げるように部屋から出た。
止めようとした声が聞こえたが振り切った。
怒られそうだったし、何より俺の言葉に対して反論させたくなかった。




あの後俺はミヨコさんと合流し今後のことを教えてもらった。
エヴァに乗るか、このままここを立ち去るか。
さっき、あんなことを言った俺にとって答えというのはあまりにも簡単なものだった。
「乗りますよ、エヴァに。乗りかかった船ですからね」
「でも……」
「それに、綾波との約束もありますから」
「えっ? レイ?」
「と、とにかくパイロットは続けるつもりですから、そこらへんはお願いします!」
俺は頭を下げた。
それに対しミヨコさんは
「そんな、頭なんて下げないで。下げたいのは私達のほうだったんだから。あなたには頼んでもエヴァに乗り続けて欲しかったのよ」
これで、俺はエヴァのパイロットとしてほぼ確定したも同然だ。
しかし、後悔なんてしてない。
俺は約束は守るほうだからな。
「あっ、ユウキ君の住むところ、もう決まってるからね」
「どこですか?」
一応聞いてみることにする。
「家にしといたわ!」
「な、なにぃ!?」
何故、ミヨコさんと暮らさなければならんのだ!
まあ、それはいいとしよう。百歩譲って。
これは職権乱用であり、ダメではないのか。
「住所教えるからさきに行ってて。あっ、ユウキ君のカードキーでもう入れるようにしておいたから」
「は、はぁ……分かりました」
住所の書かれた紙――この時代に紙は珍しい、だいたいデータだからな――を受け取り俺はA.Bを後にした。



コンフォート34

俺は紙に書かれた住所を頼りにある一軒のマンションにたどり着いた。
『コンフォート34』と書かれている。
ここにもコンフォートマンションがあるのか……。
さっすがコンフォート!
マンションと知名度は日本一だぜ!
……などと意味不明な考えをしていてもしょうがないので書かれている番号の部屋へとエレベーターで向かう。
そこには機械的なワープロの字で『坂中』と書かれている。
その下にはカード式のスロットがあり俺はそれに自分のカードキーを通す。
鍵の開く、平和な音がしてドアが自動で開いた。
中なからは光が漏れている。
い、一応お邪魔しますの方がいいのかな……。
「お邪魔します…………」
蚊の鳴くような――蚊の鳴く声など聞いた事が無い――声を出しのそっとまるで盗人のように室内へと入った。


To be continued


次回予告
絵札は全て揃った。
しかし、全て揃ったというのに未だに揃わなかった。
失くしたわけではない、ただ前からなかっただけ……。
なにものにも囚われないたった一枚のカード。


後書き
使徒戦後って作家さんによって違いますよね。
エヴァに乗った人(大抵シンジ)がピンピンしてるのとなんか重傷っぽいのとで。
特にどうということはないのですが。
感想、批判待ってます。